第5話 暗闇に響く声 ……いや、誰?
いや本当、誰と間違えてるんだ、この小太り(以下略)は。
あの男を父に持ったことを後悔……まさか、貴族様の娘と間違えて……いや、そうじゃない。思い出した、メイドさんが私を着飾っていた時に言っていたことを。
『本当、セーラ様そっくりよね』
全身の痛みで思考が鈍ってはいるけれど、ある想像がゆっくりと形を成していく。まさかとは思うけれど私は────。
「で、マンヴィルの旦那よ。そろそろ報酬をくれよ」
「いいだろう。だが、娘の治療費は報酬から引かせてもらうぞ」
「は? ふざけんなテメェ!」
「ふざけているのはお前たちだ。人質に危害を加えたと知れたら意味がないだろうがっ」
あー、耳元で言い争うな。うるさくて考えがまとまらないじゃな────。
バアン!
乱暴にドアが開いた。
「そこまでだ!」
今度は誰よ!
どやどやっと銀色に輝く鎧に身を固めた男たちが部屋に乱入してくる。
驚きつつも身構える山賊とマンヴィルと呼ばれた小太り(以下略)の護衛たち。乱入してきた男たちの先頭の人物が兜のフェイスガードを上げ、手にした水晶のような物を高々と掲げた。
「私はペンゼル伯爵の部下、騎士団副団長ロドリー・アドマイヤ。マンヴィル・エンヘズレムよ、自身の悪行を棚に上げ、我が主の御息女の誘拐を企て、あまつさえ実行するなど許しがたい。先ほどの会話は、この『記憶の水晶』に記憶させた。もはや言い逃れはできぬと考えよ」
「ち、近寄るなっ!」
突然の騎士の乱入、そして堂々とした名乗りに固まっていた山賊たちだけど、マンヴィルだけが素早く動いた。あろうことか私の半身を持ち上げ、首筋にナイフを突きつけたのだ。
あー……。考えたくないけれど、多分これ、意味がないわ。だって……。
「愚か者が。このような場所にセーラ様がおられるわけがなかろう」
「な、なにっ!?」
「その女は影よ!」
なった覚えはないけどね!
「総員、抜刀! マンヴィルは生きて捕えよ!」
人質など気にせず、騎士たちは次々に剣を抜いた。ああ……、やっぱりなあ。
話が見えてきた。ペンゼル伯爵とマンヴィルの間でなにがあったのかは知らないけれど、マンヴィルはペンゼル伯爵に復讐したかった。そこで、娘のセーラ嬢の誘拐を企てた。
ただ、ペンゼル伯爵の方が上手だった。マンヴィルが娘を狙っていると知った伯爵は、逆にマンヴィルを罠にかけようとしたのだ。
もっともらしい理由をつけて、セーラ嬢がお忍びででかけるという偽の情報をリークしたんだろう。それにまんまとマンヴィルが引っかかった。そして山賊を雇い、暴挙にでたところで騎士団が証拠とマンヴィルの身柄を押さえる。
なんのことはない。貴族様が私を引き取ったのは、セーラ嬢に似ている私を囮に使うためだったのだ。
……ふざけるなっ!
湧きあがってきた怒りを持て余している間にも、騎士たちはマンヴィルを捕えようと動き出した。やってられないのは山賊たちだ。
「冗談じゃねえ、逃げるぞ!」
バタンと音がして、壁の一部が開いた。奥は暗くて見えないが洞窟のようだ。おお、隠し通路を用意してるとは、なかなかに用意周到な山賊だね。感心してる場合じゃないけど!
山賊たちは次々と隠し通路に飛び込んでいく。
「く、くそっ。女、よくも私を謀(たばか)ったな!」
知らないよ!
「くそっ、私を置いていくなっ!」
「かはっ!?」
マンヴィルは一瞬迷ったあと、山賊たちと逃げることにしたらしい。押し寄せる騎士たちに向かって私を突き飛ばした。腹いせにナイフを一閃させて……。
喉に灼熱感。続いて噴き出した鮮血が視界を塞ぐ。
私を受け止める形になった騎士は、無造作に私を突き飛ばしてマンヴィルを追っていく。硬い床に後頭部がぶつかったけれど、もはや痛みを感じなかった。
息が……できない。代わりに肺が血で満たされていく。
死ぬ? 知らない誰かの不幸を一身に背負って死んで、その後も死にまくったというのに、最後のチャンスもものにできないまま死ぬ?
ふざけるな。不幸の運命から逃れたら、やりたいことはいっぱいあったのに。
ふざけ……るな。ふざ……け……。
◆
ふざけるな。
ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!
どうして私が死ななきゃいけないのか。
そりゃあ、人が簡単に死ぬ世界ではあったよ。孤児院にいたときだって、冬になると何人も亡くなったものだ。
だけど、勝手に身代わりにされて、偽物だったからって腹いせに殺されるとか、納得できるわけがない。
いやらしい目で自分を見下ろしてきた山賊たちの顔が浮かぶ。……絶対に許さない。
ああ、誰でもいいよ。神は……アテにならないからこの際、悪魔でもいい。あの山賊どもに報いを。
ついでに貴族にも相応の報いを与えてほしい。
許さない。
許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない!
絶対に……死んでも恨み続けるから。
だから誰か……。誰でもいいから、やつらに罰を与えてくれ。
誰でもいいから……。誰でもいいからあっ!
なにも見えない、聞こえない。なんの気配も感じられない闇の中で、私はひたすら呪詛を吐きまくった。
だから、返事があった時は死ぬほど────いや、死んでるけど────驚いた。
「ふふふ。強い恨みの念を感じたから来てみれば……これは美味しそうね」
誰?
返事はなかった。ただ、あれほど荒れ狂っていた怒りや恨みの気持ちが、すうっと消えていくような気がした。……いや、これは……吸い取られてる?
「……んはぁっ、甘露甘露♪ 久しぶりに良いものをいただいたわ。気分もいいし、ちょっとサービスしちゃおうかしら」
一体、誰? 私になにをした?
問おうとしたけれど、急に意識が遠くなる。
「あとは自由になさいな」
意識が途切れる直前、そんな声を聞いた気がした。
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