第4話 小太り脂中年は誰かと間違えている。

 まず、どこだここ。見回せば森の中のようだけど。目の前には急斜面があり、下生えと藪が豪快になぎ倒されている。

 ……ああ、思い出した。私、この斜面を転がり落ちたんだ。

 順を追って思い出そう。

 出発日前日、貴族様の馬車二台が孤児院のある町に到着した。

 翌出発日、早朝からメイドさんたちにわちゃわちゃされてドレスを着せられた。なんというか、すっごい楽しそうだったなあ。そういえば誰かに似ているとか言ってた気がするけど、化粧や髪型はその人をモデルにしたのだろうか。

 午前中は別れを惜しみ、午後から迎えの馬車で出発。護衛が二人ついた。ちなみにメイドさんたちは別の馬車で先に帰ったようだ。

 森の中を進んでいると、道に倒木があって馬車が停止。それをどけるために護衛が倒木を持ち上げると、無数の矢が護衛を貫いた。山賊の襲撃だった。倒木は馬車を止めるためと、護衛を動けなくするためだったわけだ。

 アッサリと護衛がやられてしまったので、こちらに勝ち目はない。御者は降伏したけれどバッサリ。山賊が馬車の扉を開けようとしたので、こっちから蹴り開けてそいつを吹っ飛ばし、そのまま逃げようとしたんだっけ。

 もっとも、動きにくいドレスを足で引っかけてしまって転倒、そのまま斜面を転がり落ちて……現在に至る、と。

 うん、ヤバイわ。早く逃げないと山賊に捕まってしまう。女性を捕まえた山賊の行動なんて異世界でもきっと変わらない。

 木を支えにしてなんとか立ち上がり、右足を引きずりながら歩き出す。

 ……って、ほとんど進まないうちに複数の足音が!?

「危ねえ、危ねえ、逃がすところだったぜ」

「おお、よく見りゃ上玉じゃねえか。楽しみだぜ」

 あっという間に取り囲まれてしまった。血のついた武器をこれ見よがしにちらつかせながら、山賊たちは下卑た笑いを見せる。というか、視線がいやらしい。

 全身に鳥肌が立つ。よく視線で全身を舐め回すって言葉があるけれど、あれって本当なんだ。実感したわ。山賊の視線から異様な圧を感じる。うええっ、気持ち悪い。

 絶体絶命だ。これが女神様の言っていた危機? これを乗り越えれば幸せ量一定の法則から解放されて幸運が舞い込んでくるそうだけど、魔法も使えない私にどうしろと。

 と、右側にいた山賊が踏み込んできた。とっさに避けようとしたけれど、がら空きだった背後から羽交い絞めにされた。こんな単純なフェイントにひっかかるなんて!

「は、放せーっ!」

「へっへっへ、暴れるなよ。おおっ、柔らけぇ」

 思いっきり胸を掴んできたよコイツ! てか痛いっ、大事に扱え。いや、そもそも触るなっ。身体は女だけれど心は男、男に触られて嬉しいはずもない。いや、女だったとしても、この状況で触られたくはないだろうけど。

 ええい、離せ! ガブッ!

「ぐあっ、このガキィッ!」

「がっ!?」

 視界が歪んだ。遅れて焼けるような痛みが頬にひろがる。

 殴られた。そう理解した時には腹部に衝撃がきた。胃の内容物が一気に逆流してくる。

「調子にのるな、このガキがっ!」

「うげえええっ! あぐっ! うぎっ!」

「おい、やめろ。殺すなって言われてるだろっ」

 吐いている最中にも拳や蹴りが降ってくる。制止する声が聞えた時には、意識が闇の中に落ちていった。



(とうとうゲームオーバーかもしれないなあ……)

 転生&即死を繰り返して、今回がラストチャンスだと聞いていたけれど、もうダメかもしれないな。

 ここは山賊の隠れ家らしき小屋……らしい。らしい、というのは、ここに運び込まれる時の記憶がないから。

 意識が戻ったら縄で拘束され、猿轡を嚙まされて床に放り出されていた。殴られたあちこちが痛んで思わず呻くと、山賊たちが気づいた。

 どうやら酒盛りをしていたらしく、口が軽くなった山賊たちは楽しそうに私の行く末を語ってくれた。

「前金であれだけもらったんだ、報酬でいくらになるだろうなあ」

「よかったあ、お嬢ちゃん。高く買ってもらえるぜ」

「買われた先でどうなるかは知らないけれどな」

 下品に笑う山賊たち。なるほど、どうやら私は売られるために誘拐されたようだった。

 一つ気になるとすれば、山賊の口ぶりから、最初から私が目的だったことか。なぜだ?

 もちろん、売られることを甘んじて受け入れたわけじゃない。山賊が酒盛りに戻って私から意識が外れた時を狙って、なんとか縄をほどけないかと試してみた。だけど必要以上に硬く結ばれた縄は身体に食い込むだけでゆるむ気配もなかった。

 そして、私が縄をほどこうともがいていることに気づくと、山賊は笑いながら拳や蹴りを降らせてきた。何度も殴られ、意識を失い、痛みで目が覚める。それを繰り返せば、逆らう気持ちなんて簡単に折れたよ。諦めたくなかったけれどね……。

 身体中が痛い。ったく、けが人に好き勝手してくれて。右足はとっくに感覚がなくなっているし、殴られ続けたお腹はひどく痛むので、浅く小さく呼吸しないと呼吸すらままならない。不衛生な小屋の中は臭いもひどく、吐き気がするけれど吐こうとすると激痛で吐き気が止まる。悪循環でひたすら苦しい。

 私がこんなに苦しんでいるというのに、山賊はすぐ近くで酒盛りをしているようだ。下品な笑い声が傷に響いて辛い。

 痛みに呻いていると、山賊の一人がとうとうそれに気づいてしまった。

「なあ、生かしておけって言われたけどよ、味見くらいはしてもいいんじゃねーか?」

 その言葉に山賊たちの好色そうな視線が一斉に向けられる。くそっ、酔って我慢ができなくなったのか。

 山賊の一人が私の服に手をかけて……一気に引き裂いた!

「~~っ!」

「うお、でけえな」

「手を出すなって言われてたが……なあ、どうする?」

「なーに、経験済みだったって言っておけばいいんじゃねーか?」

 マズイ。マズイマズイマズイ。このままだと、こんな下卑た連中に自分の初めてを奪われてしまうっ。それは絶対に避けたいっ!

 ああ、もうっ。神でも悪魔でもいい、なんとかしてくれっ!

「おい、来たぞ」

 ドアが開く音がして山賊の一人が言った。途端に、すぐにでも襲いかかってきそうだった山賊たちが舌打ちして退いた。

 まだ誰か来るのか? いや、助かったのは事実なんだけど、絶対に歓迎すべき相手じゃないよね。

 視線だけ入り口に向けると、山賊に続いて三人の男が入ってきた。鎧に身を固めた護衛らしき男が二人。その二人に守られるように入ってきたのは、小太りで脂ぎった中年の男だ。

 その男は、床に転がされた私を見て目を見開いた。

「おいっ、殺したのか!? 生きて捕まえろと言っただろうっ!」

「大丈夫、生きてるよ」

「暴れたからちょっと躾けただけだぜ」

 取り繕うように笑う山賊を小太り脂中年は睨みつけるけれど、まったく効果がない。まあ、私から見ても怖くないし。コアリクイの威嚇みたいだ。

 小太り脂中年はため息をつきながら、私の近くにやってきた。

「まったく、治療にいくらかかると思っているんだ。……まあ、いい。これであの憎っくきペンゼル卿に一泡噴かせてやれるわ」

 下卑た笑顔が気持ち悪い。

 というか、この小太り(以下略)が山賊に私を誘拐させたのか。一体、なんのために? さっきペンゼル卿って言ったけど、その名は確か、私を引き取った貴族様のことだ。小太り(以下略)と貴族様の間でなにがあったのかは知らないけれど、元孤児を誘拐したって意味ないと思うんだけど。

 ぞわわっ。

 痛みで思考が散漫になってる。ボンヤリしてたら小太り(以下略)に頬を撫でられた。気持ち悪いっ!

「ふふふ。セーラ嬢、あの男を父に持ったことを後悔するんですな」

 ……はい?

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