偽善統治
「本銀河の外側に位置する第三銀河に居住する生物は、生物学的に我々とは根本的に異なる。彼らはケイ素系生物である。彼らとの意思疎通は不可能であり、またその意義もない。彼らと我らとの間に存在するのは、生存圏をかけた戦いのみである。ついては、地球の皆さま方にも彼らとの戦争に対する協力を仰ぎたい。同じタンパク質系生物として」
地球連邦代表執政官であるヌールディーンは、パタリと本を閉じた。それまで彼が読んでいたページには、足が四本、腕が二本、頭から触手が生えてる生物の写真が写っていた。アルファケンタウリ人の姿が、それであった。
七十年前に地球に飛来した彼らアルファケンタウリ人は、地球人を同じタンパク質系生物の同志だとした上で、外宇宙に居住するケイ素系生物との戦争への協力を要請した。────それは軍事力を背景とした、この上なく丁寧な恫喝だった。
地球は、彼らアルファケンタウリ人の戦時物資を生産・供給する後背基地となった。そして、それとともに、地球の福祉のあり方は大きく変わった。
貧困撲滅を掲げ、徹底した生活保護費用の支払いが行われた。その背後で、中間層からの大規模な徴税が行われた。
企業倒産を防ぐため、徹底した企業補助金が支払われるようになった。その背後で、大企業への法人税が高められた。
病苦をなくすため、医療費の完全無償化が行われた。高齢者が使用する医療費が増大し、給与から天引きされる健康保険費用がうなぎ上りとなった。
アルファケンタウリ人が実施した政策は、平等に不平等を招来するものばかりであり、結果として、地球全体で見た生産性は以前からは見る影もなく凋落した。経済活動は税金を原資とするものばかりになり、良い材が普及させ、悪い材が駆逐する市場原理主義は地球上から一掃された。
ヌールディーンはため息をついた。もはやこの七十年間で、失政は明らかであった。だが、歴代執政官の跡を継いだばかりヌールディーンは、失政と分かっていながらも政策路線を変えることはできなかった。
ふと、視線を背後にやる。
そこには会議室に繋がるドアが鎮座していた。七十年前に飛来したアルファケンタウリ人が使用した執務室である。中に入ると、壁一面に豪奢な飾り付けがしてあり、並べられた椅子も部屋の中央に置かれた机も、一目で高級品と分かるものが用意されている。
だが、肝心のアルファケンタウリ人の姿だけは、その部屋のどこにも見えなかった。
「まさか、地球の病原菌を恐れて撤退していたとはな………」
ヌールディーンは陰鬱な表情のまま呟いた。
そう。七十年前に地球に飛来したアルファケンタウリ人は、地球上の病原菌に高アレルギー反応を示し、わずか数日で地球から撤退した。一部の連邦政府高官を除き、誰にも知られていない事実であった。
失政の責任から逃れんとする連邦政府は、これからも事実を隠蔽し続ける。
そして、その末席に、ヌールディーンはこれから座ることとなった。
15分タイムトライアル短編集 斧間徒平 @onoma_tohei
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