ギリギリの予算
「それでは、入札を始めさせていただきます」
───カン! 司会が木槌で机を叩くと、会場には緊張が走った。会場に集っているのは、自社への新たな公共事業の発注を求める事業体の責任者たちだ。ある者は特定の惑星の開発に特化した惑星事業体。またある者は、複数の星系にまたがって惑星開発を行うコングロマリット事業体。
多業種、多種族が一堂に会していたが、どの事業体にも共通していることがあった。それは、最近の不景気で経営基盤が不安定化していることだった。儲かっているのは、適当なプランを売り込んでくる星間コンサルだけ。若者も、惑星開発を行う古臭い事業体には就職しようとはしない。人手不足も深刻化して久しくなっていた。
「最近、お宅の景気はどうですか?」
「いや、もうどうしようもないよ。この事業を取れなきゃ倒産だね」
「世知辛いですなぁ。ただ、この事業にしたって………」
「そうなんだよなぁ。なるべく安価に入札しないといけないから………仕事が取れてもあんまり利益出ないんだよね」
「社員のボーナスカットして、やっと黒字になるくらいでしょうか?」
「つらいねぇ………」
ぼやく責任者たちの空気を割って、司会の声が響く。
「さて、次の入札はとある惑星の征服と開発です。惑星の名前は地球! アウストラロピテクスという原始的な知的生物が発生していますが、武器といえば投石のみ! 征服は簡単です!」
おお! と会場が沸く。最大の脅威が投石ならこちらの武器は大して必要ない。社員の給与をカットしなくとも採算が取れるはずだった。
「一万リンギット!」、「こっちは九千リンギット!」、「まだ下げられるぞ! うちは六千リンギットだ!」
───カン! 再び司会の木槌が鳴り響く。六千リンギットの予算を出した事業体マルハバは、見事に地球征服事業を落札した。
星間政府機構の名で、正式に事業が発注される。マルハバは勢いこんで地球侵略に旅立っていった。
しばらく経って、マルハバが事業に失敗したという噂が流れてきた。口さがない者はマルハバの無能を嘲笑ったが、やがてマルハバからは星間政府機構に対する損害賠償請求が出された。
訴状に曰く、
「被告 星間政府機構は、地球征服事業の入札を開始するにあたって、同惑星の脅威は投石のみとの説明を行った。しかし、当事業体が同惑星に到着した頃には、アウストラロピテクスなる原始的知的生命体は絶滅し、ホモ・サピエンスなる新種が繁殖していた。彼らはレールガン、レーザービームを使用するなど、高度な攻撃手段を有しており、これがため投石対策のみをしていた当事業体に少なからぬ損害を与えたものである。これは星間政府機構の調査に瑕疵があったと認めるに足るものであると考え、右、損害賠償請求を行うものである」
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