祝日

 宮崎県椎葉村からさらに車で三十分進み、ようやく目的地の村が見えてきた。日の出前に福岡県を出発したにも係わらず、すでに夜七時を回っていた。

「………こんなに遠いとは聞いてないぞ」

 この村に行こうと言い出した友人に恨み言を言う。

「いや、悪い悪い。グーグルマップでもまともに調べられなかったんだ。………でもまあ、この村なら卒論の題材にピッタリなんじゃねえの」

 こいつが車の免許を持っていないせいで、ずっと俺が運転する羽目になった。いくら民俗学のフィールドワークに必要だからと言って、さすがに限度はある。あとで飯くらいはおごれよ、とみみっちい要求をしながら俺は周囲を見渡した。

 四方八方すべてが森と山に囲まれている。生えている木々は、宮崎県の植生の特徴そのままに照葉樹林が主だった。折悪く今日は新月。夜闇を反射する葉は、甲虫のようにてらてらと黒い輝きを見せていた。

「おい、あれって祭りしてんじゃねえの?」

 友人が村の中心を指して言う。そこは開けた場所になっていた。闇夜の中で大きなかがり火が焚かれ、村人が大勢で踊っている。

「あれは………高千穂の夜神楽の一種か?」

 そう言うと、友人は誘われるようにかがり火に近づいていった。………あれが夜神楽? それにしてはあまりに奇妙な踊りだった。踊り狂う村人の手には、棒、鉈、弓、包丁、縄が握られている。まるでこれから猟をしに行くような持ち物だった。顔には夜神楽とはまた系統の違うお面が付けられている。お面は白を基調としていたが、かがり火に照らされ、まるで血に濡れているかのように真っ赤に染まっている。

 ふと見ると、もう友人はかなり先まで歩いて行っている。慌ててその背中を追いかけようとした時、横から視線を感じた。そこには、少年が一人、ぽつねんと立っていた。いつ頃からそこにいたのだろうか。まるで気配を感じなかった。

「こ、こんばん 「あの踊りは、村にいる人しか参加しちゃいけないものだ」

 俺の挨拶は、ぶしつけに投げつけられた少年の言葉にかき消された。言葉の強さに、思わず言葉に詰まる。

「………ああ、そうだったんだ、ごめんね。俺たちはこの村の祭りを研究するために来たんだ。事前に村長さんにも取材のアポは取っている。どうにかあの祭りにも参加したいんだけど、駄目かな?」

「おい、俺はさっきも言ったぞ。あれは、村にいる人しか参加できないんだ」

 少年は敵意もあらわにそう続ける。いや、これは敵意とはまた違うような気がする。恐れとも違う、怒りとも違う。俺はこの少年から何を向けられているのだ?

 ────ザリッ

 突然背後から石を踏む音がして、驚いて振り向いた。そこには、お面をかぶった三人の男が立っていた。「父ちゃん!」少年が破顔する。

「平蔵、お前は優しいな。家畜にもちゃんと挨拶できるんだなぁ」、「うん、人じゃないと祭りには参加できないって教えてあげたんだ」、「いいことだ。じゃないと、家畜が勘違いしてしまうからな。さあ、お前も踊りに参加しなさい。今日は大きな肉が二つも届いたんだから、皆でお祝いしないとな」

 少年らの会話はまるで理解できない。

 だが、一つだけ気付いたことがある。少年の感情。俺に向けていた感情。あれは哀れみだ。憐憫だ。残酷なまでの断絶を含んだ憐憫だ。

 恐怖が湧き上がるよりも早く、かがり火の方から友人の断末魔が響いた。 (了)

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