無垢な質問

「お父さん、どうして人を殺してはいけないの?」

 唐突に子どもに問われ、とうとうこの時期が来たかと緊張が走った。

 俗にいう「なんでなんで期」。知能の発達を受けて、単純な事実関係の把握に留まらず、その事実関係の背後に存在する理由について子どもが目を向ける時期のことだ。これまで脳内に溜まりに溜まっていた言語化できない疑問が一気に噴出するため、世の大人たちが精神的に疲弊する時期でもある。

 そして、生命の尊さの質問なんて、テンプレ中のテンプレであるにも係わらず、最も答えが難しいものだった。

 私は痛む膝を折り、目線を子どもに合わせた。さてどう答えたら良いものか。

「人を殺すと、誰かが悲しむからだよ」

 まずは感情面から説明してみる。殺人の結果、悲しむ人が出るからという理由付けだ。「何で悲しいの?」と直ちに質問が投げかけられる。

「死んだ人とはもう会えなくなるからだよ。………例えば、お母さんは事故で死んでしまったからもう会えないよね。これは悲しいことなんだよ」

 あまり引き合いに出したくないが、数年前に事故で亡くなった妻のことに言及する。妻が亡くなった時に泣きじゃくった子どもであれば理解してくれるだろう。

「人が死んでも悲しくはならないよ。だから人を殺しても悲しむ人はいないんじゃないの?」

「な、なんてことを言うんだ。もうお前はお母さんには会えないだろ。あれだけ泣いていたじゃないか。お前なら分かるはずだ」

「お父さんが喧嘩し始めたから泣いたんだよ」

「喧嘩? 誰と?」

「お母さんと。あれからずっと無視してるじゃん。喧嘩してるんでしょ」

「無視? 喧嘩? 何を言ってるんだ?」

「何を言ってるかって、お父さん。いつもそこにお母さんいるじゃん。死んだ人にも会えるんだから、やっぱり人が死んで悲しいっていうのは変だよ」

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