優しさの証明

「ほら、テレビばっかり見てないで、さっさとこっちに来な!」


 下町の一角のとある家では、午後6時をまわり夕餉の準備が進んでいた。今日は節分、恵方巻を食べる日である。


「母ちゃん、ちょっと待ってくれよ。いま良いところなんだよ」


「テレビはいつでも見れるでしょうが。録画でもしなさい!」


「分かってねえなぁ。こういうのは生だから面白いんだよ。録画じゃ感動が味わえないよ」


「まったくうるさいわねぇ」


 母親は足音荒く居間に近づくと、子どもからテレビのチャンネルを奪い取り、手早く番組を録画した。


「ほら、もう録画したわよ。さっさと来な」


 子どもはまだ不満顔であったが、背の届かない戸棚の上にリモコンを置かれては、母親の言う事を聞かざるを得なかった。不承不承といった様子で食卓に座った。


「よし、みんな揃ったな。それじゃあ、恵方巻を巻いていこうか」


 先に食卓に座って瓶ビールを舐めていた父が笑顔で言った。食卓には伊達巻、きゅうり、かんぴょう、鰻など様々な具材が並んでいる。


 恵方巻が日本全国に普及したのはいつだったであろうか。もともとは関西の一地方の風習に過ぎなかった恵方巻は、流通の発達とともに日本人であれば誰もが知る風習となった。


「お父さん、今年の恵方はどちらでしたか?」


 一度形成された文化は、民衆の間に根強く残る。特に家族の健康を願う文化にはその傾向が強い。


「おっと、調べるのを忘れていたよ。勘吉、ちょっと調べてくれないか」


 その傾向は、人類が本質的には優しい社会的生物であることの証拠なのかも知れなかった。


「ええと、今年は……。アルファケンタウリ星系第四惑星プロキシマだよ」


「おお、ありがとう。それなら、座標はX42、Y58、Z108だな」


 家族は三人そろって同じ畳の端を見つめると、その先に存在するであろうアルファケンタウリ星系を想像しながら、無言で恵方巻を食べ始めた。


 その隣の家でも同じように別の家族が。また、その隣の家でも別の家族が。


 この日本政府所有のスペースコロニー全体で見ても、日本人は一斉にアルファケンタウリ星系方向を見ながら無言で恵方巻を食べ始めた。他国のスペースコロニーからは、旧日本由来の蛮習だと笑われているが、彼らは至極まじめに脈々と文化を継承していた。


「……それにしても、もう宇宙に住む時代なのに、地球時代のおまじないするのって意味あんの?」


 先に恵方巻を食べ終えた子供は、ふと思いついたことを両親に質問した。それに次いで食べ終えた父親は、子供の頭を撫でながら微笑んで答えた。


「当たり前じゃないか。東西南北の二次元の恵方より、Z軸を加えた三次元の恵方の方が、家族もより健康でいられるってもんさ」

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