双方向通信

 中学生にとって、学校で大便をすることは死を意味する。その噂は万里をかけめぐり、あたかも収監された犯罪者の如く、人権は失われる。

 だからこそ、僕は生来のお腹の緩さをどうにかしたかったのだが、僕が神様から与えられたのは、そんな中学校の環境では最強とも称すべき能力だった。つまり、漏れそうになっている自分の大便を、他人に移し替える能力である。


 これは、僕にとっては非常に使いやすいものだった。授業中、たとえどれほど大きな波が押し寄せてこようとも、これを一瞬でクラスメイトの誰かに飛ばすことができた。人を殺すのにナイフはいらない。ただ、腸内に大便があればいいのだ。


 さて、それからしばらくたって、林間学校の季節になった。以前は辛かったこのイベントも、今の僕には何の気苦労もなかった。

 ただ、今年は少しだけ事情が違った。林間学校の開催前日に大雨が降ったのだ。山の地盤は緩み、川は半ば氾濫した。

 普通であれば中止になるだろうに、我が校の教師は脳筋ぞろい。保護者の心配をよそに、林間学校は強行された。

 僕は、正直うれしかった。なぜなら、同じクラスの木村と一緒の班になれたからだ。この林間学校で少しでも仲良くなりたいと、そう真剣に思っていた。


 そうして迎えた林間学校の二日目、ぬかるむ山道のハイキングで事件が起きた。

 おそらく地下に空洞があったのだ。最後尾を歩いていた僕と木村の足元は突如崩落し、僕たちは穴底へと落ちていった。誰も気づかない、一瞬のことだった。

 暗く、湿気がちでぬかるんだ穴の中、僕たちは小さく座っていた。救助が来るまで、数時間はかかるはずだった。


「ごめんね」


 不意に木村が謝ってきた。穴に落ちたのは自分のせいだと思っているのだろう。


「謝らなくていいよ。こんなぬかるんだ道だ。しょうがないよ」


 せいぜいカッコつけながら応じたが、その時僕はまったく別のことに気を取られていた。


 マズイ。いきなり波が来た。かなりの大波だ。今にも漏れようとしている。これは考えられる限り、最悪の事態だ。僕は今にも漏らそうとしている。だが、この便意を飛ばせる人間は、周囲に木村しかいない。

 なんということだろうか。僕は今、究極の選択を迫られている。つまり、僕と木村と、どちらの尊厳を守るべきなのか。無敵とも思えたこの能力に、こんな欠点があろうとはまったく想像もしなかった。

 だが、考えている時間は、そう多くはない。ダムの決壊はもう近い。


 会話の途中で脂汗を流し始めた彼を見て、木村は心の中でもう一度「ごめんね」とつぶやいた。胸の中は罪悪感でいっぱいになっていた。


 だが、彼女は知らなかった。彼が彼女と同じ能力を持っていることを。


 先ほど彼に送ったブツが、再び送り返されてくる可能性があることを。


 その刻限は、近い。

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