運命の木の下で

「そんなに付き合いたいなら、上手いこと噂を作り出して確率を上げればいいだろ」


 クラスメイトの木下と付き合いたいけど断られるのが怖い、とモジモジ友人に相談したら、こんな答えが返ってきた。


「つまりだ、校舎裏にあるデカい桜の木を、『運命の木』って名付けて、そこで告れば100%成功するって噂を流すんだ。それで木下がドキドキしてOKしてくれたら、もうけもんだろ」


 なるほど、吊り橋効果を狙うわけか。友人は、今孔明を自称するややイタい奴だが、アイデア自体は悪くない。

 僕はさっそく新聞部長の立場を使い、その噂を流した。


 高校生と色恋沙汰は切っても切れないものだ。たちまち噂は広まり、桜の木は毎日満員御礼の有様となった。

 しめしめ、と僕はほくそ笑んだ。


 僕は自分に自信がない。木下に告白しても、成功する自信はない。自信があるのは、彼女に対する思いだけだ。彼女の魅力を伝えるならば、400字詰め原稿用紙の何枚だろうと埋めて見せよう。もちろん、無駄な改行など一切しない。


 しかし、噂がより広がるにつれ、僕は申し訳ない気持ちになっていった。

 真剣に告白する彼らを後押ししたのはまぎれもない、僕自身のエゴだ。

 それに、万が一にだ。僕が木下に告白してOKをもらったとして、それは本当に彼女の意思なのだろうか。僕が身勝手に流した噂が吊り橋効果になっただけではないのか。


 何日も眠れぬ夜を過ごし、ベッドの中で悶えたが、ようやく決心がついた。

 ここまでやったのだ。もはや後戻りはできない。僕は告白するのだ。そして桜の下で華々しく散るのだ。さよならだけが人生なのだ。

 徹夜で書いたラブレターを木下の靴箱に入れ、その日の放課後、僕は授業が終わるとすぐに桜の木に向かった。


 木下は、少し経ってからやってきた。

 僕は告白した。何度も噛んだ。技巧などない、想いだけをぶつけるような告白だった。

 でも、僕のたどたどしい告白に、木下はすぐにOKを出した。

 嗚呼。なんたる僥倖、なんたる幸運だろうか。僕は今、真の幸せを手にしたのだ。

 自然に溢れてきた涙にうるむ視界の中、木下は小悪魔のような笑顔を見せた。


「ごめんね、どうしても君の方から告白されたかったの」


 翌日、友人からも謝られたことで、僕はようやく腑に落ちたのだった。

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