15分タイムトライアル短編集
斧間徒平
食べ終わったみたいだ
夫が庭のアリを眺め始めて、3年がたった。
暑い日も寒い日も庭の真ん中にしゃがみ込み、じっと巣に出入りするアリを眺め続ける。
あの日以来、一日も欠かしたことはない。
私はその後ろ姿を離れたところから静かに見続けている。決して、夫の邪魔をしてはいけないと分かっているから。
アリを眺める時の夫は真剣そのものだ。時にはアリをつまみ上げ、その口から足までしげしげと眺める。
そして、「まだ残っているみたいだね」と言っては、毎日肩を落として家に入ってくる。
始めは近所の人もそれを奇異な目で見ていたが、そのうち慣れたようで、私に対して同情するような視線を向けるようになった。
その視線を向けられるたび、私は言いようのない怒りを覚えた。あれは私に対する深い愛情の表れだ、お前らに何が分かるのか、と。
ある日、いつものように庭に出ていた夫は、急に立ち上がると、笑顔でこちらを振り向いた。
まだ、正午過ぎ。観察を終えるには、あまりに早い時間だ。
「食べ終わったみたいだ!」
歪んだ顔で、叫ぶように夫は言った。
それを聞くや、私は無我夢中で夫の胸に飛び込んだ。
よかった。本当に良かった。これでもう、怯える必要はない。
大きな女だった。埋めるのに苦労した。3年以上かかった。
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