視線
春野訪花
たくさんの
それに気がついたのは、カオリが森の中で遊んでいる時だった。
木々の隙間、十メートルほど離れたところに誰かが立っている。
中学生か高校生くらいの女の子。長い黒髪が印象的で、制服を纏っていた。
一人で遊んでいたカオリは遊び相手が欲しいと思っていたところだったので、パッと笑みを浮かべた。
「ねー! 遊ぼうよー!」
有り余る元気で声を張り上げた。
だが、女の子はピクリとも動かない。声かけに反応した様子もない。ただじっと立って、こちらを見つめている。
「……?」
聞こえなかったのかと、カオリは再び声をかけるが、やはり反応はない。
カオリは女の子へと歩み寄り始める。
一歩、二歩、三歩。
距離が縮まらない。どれだけ歩いても。女の子はただただ立ち尽くしているのに。
ふとカオリは気付く。
女の子はこちらを見ている。見ているのに、その顔は髪の毛に覆われている。後頭部などではない。胸元のリボンはカオリから見えているのだから。
顔は一切見えないのに、見られているのがわかる。
立ち止まる。
視線を感じる。前から。後ろから。横から。上から――。
カオリは踵を返して駆け出した。
遊んでいた場所を駆け抜けて、森の外へと――
『遊ばないの?』
耳元で声がした。それは大人数の声だった。女も男も子どもも年寄りも。
思わず振り返るが、誰もいない。
ただ、視線だけ。たくさんの視線――。
視線 春野訪花 @harunohouka
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