【料理の腕前】

【関川さんからの問題編】(原案:tolico)


 今日は週に一度、彼女が家に遊びに来る日だ。

 ボクはわくわくしながら彼女を待っている。


 呼び鈴が鳴ってドアを開けると、そこには愛しの彼女が立っていた。

 両腕にはいっぱい食材が入ったレジ袋を提げている。


「お待たせ! 今日は関川君に美味しいものをいっぱい食べさせてあげるからね!」


 満面の笑みでそう言いながら部屋に入って来る。


 しかし、ボクの笑顔はひきつっていた。

 何故なら、彼女は絶望的に料理が下手だったからだ。


 部屋に上がるなり早々に台所へ向かう彼女。

 このままではきっと絶望的な料理の数々が出来上がってしまう。


「腕によりをかけて作るからね! 期待して待っててね!」


 台所から聞こえてくる彼女の張り切った声。

 こんなにもボクを思ってくれる彼女の手料理。


 それは分かっている。頭では分かっているのだ。

 だが体が、味覚が、ついてこないのだ!


 彼女に料理を作らせるべきか否か。

 突き付けられた難しい二択。


 ボクは彼女を阻止すべきなんだろうか?

 ここは男らしくガッツリ食べるべきだろうか?


 自問自答しながら台所へと向かう僕の足取りは重かった……



【回答編】


 のろのろと台所へ行くと、彼女がエプロンをして手を洗っているところだった。


 ボクはそろりとした足取りでテーブルに乗せてあるレジ袋に近づいた。


 無茶だとは思うが、このまま材料を持ち去ってしまおうか。そう考えていると彼女が振り向きボクに気付いた。


「あ、ダーメ関川君。大人しく待っててね。手伝ってくれようとしたのは嬉しいけど、関川君は料理出来ないでしょ?」


 ぴっと人差し指を立てて笑顔の口元に持って行く仕草が可愛い。

 そしてボクが手を伸ばそうとしていたレジ袋は、さっとキッチン台の方へ移されてしまった。


 彼女の言うことはその通りなので仕方が無い。覚悟を決めて、料理している姿でも眺めながら言われた通り大人しく待つとしよう。



 ボクが傍に腰を落ち着けると、彼女はレジ袋から様々な食材を取り出して並べていった。


 人参、グリンピース、大根、椎茸、鶏のササミ。


「関川君、最近太ってきたからカロリーは控えめにするよ」


 むう。ボクは鶏ならモモ肉が良いなぁ。しっとり柔らかく、脂が乗っててもちっとした食感のモモ肉。

 それにぷるっとして歯応えのある皮も欲しいんだけど。


 まだまだ出てくる。ブロッコリーにさつまいも、カッテージチーズ。


 チーズは大好物!

 でもそのチーズはちょっと味気ないんだよね。もっと濃厚なやつが食べたいなぁ。


 カサコソと袋に手を突っ込む彼女。


 ごろっと玉ねぎが転がり出たところで、ボクはやや怪訝な表情になる。

 そんなボクの様子に気付いた彼女は、玉ねぎを手に取ってお手玉のようにぽんと一度放り投げた。


 ボクはそれを目で追う。


「ふふ、心配しないで。玉ねぎは私の方にしか使わないから。関川君は食べられないもんね〜」

 

 そうですよ。その通り。よく分かってる彼女。流石だね。



 そして彼女の料理が始まった。


 皮を剥き、綺麗に洗った野菜たち。


 大根、人参は小さなサイコロに。さつまいもも皮を削いでサイコロ切り。グリンピースは鞘から外して、ブロッコリーは小房に切って。

 極少量の塩を入れて茹でたらさっと水に取り、色鮮やかに仕上がった。


 野菜を取り出したら、小さく切った椎茸とササミも茹でられる。


 お肉と椎茸の良い匂いが刺激して、ボクのお腹が空腹を主張した。



 やがて茹で上がった野菜たちと、崩したササミとが皿に盛られ、カッテージチーズがちょこんと添えられる。

 茹で汁を上から少し回しかけて、それは僕の前に差し出された。



 週に一度の食べ慣れない食事。僕はその皿を見つめて考える。


 うっかり手を引っ掛けたフリして中身をぶちまけてしまおうか?

 彼女は怒るだろうか。それとも残念そうな顔でボクを睨むのだろうか。

 


 しばし考えるボクの傍に彼女がやってきて、レジ袋から取り出した長方形の細長いパウチをひらひらとさせる。


「ふふふ、今日は関川君のために用意した特別ソースがあるんだよ〜♪」


 そう言って彼女はその袋を切って中身を皿の料理にかけたのだった。





 特製ソースをかけた途端に勢い良く料理を食べ始めた関川君。私は満足して関川君の頭を撫でた。


「おお、今日はまたえらく勢いよく食べてるね」

「あ、良辰君おはよう! 今日も関川君は良い毛並みだよ〜♪ チュールのおかげで料理も美味しく食べてくれたみたいだし」


「おはよ。ゆうけんのことまた関川君て呼んでるの? キミの好きなアイドルの名前でしょ? 俺の猫なんだけどなぁ」

「良いじゃない! 週一の私の楽しみよ。それより、今日も仕上げと味付けはお願いね!」

「へぇへぇ。仰せの通りに」


 ややめんどくさそうに苦笑いしながら料理の準備を始める良辰君。エプロン姿もかっこいい。


「一流シェフに味付けで敵うわけないもんね!」

「ま、俺としても美味い料理食わしてやりたいしな」


 にやりと笑いながらそう言って、彼はキッチンに立つのだった。


 週に一度の私の癒し。美しい毛並みの関川君を撫でながら、彼の最高の料理を食べることは、私にとってまさに至福のひとときなのです。



【グルメ猫関川君と良辰の台所事情】——END

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