【料理の腕前ともう一つの回答編】
【関川さんからの問題編】(原案:tolico)
今日は週に一度、彼女が家に遊びに来る日だ。
ボクはわくわくしながら彼女を待っている。
呼び鈴が鳴ってドアを開けると、そこには愛しの彼女が立っていた。
両腕にはいっぱい食材が入ったレジ袋を提げている。
「お待たせ! 今日は関川君に美味しいものをいっぱい食べさせてあげるからね!」
満面の笑みでそう言いながら部屋に入って来る。
しかし、ボクの笑顔はひきつっていた。
何故なら、彼女は絶望的に料理が下手だったからだ。
部屋に上がるなり早々に台所へ向かう彼女。
このままではきっと絶望的な料理の数々が出来上がってしまう。
「腕によりをかけて作るからね! 期待して待っててね!」
台所から聞こえてくる彼女の張り切った声。
こんなにもボクを思ってくれる彼女の手料理。
それは分かっている。頭では分かっているのだ。
だが体が、味覚が、ついてこないのだ!
彼女に料理を作らせるべきか否か。
突き付けられた難しい二択。
ボクは彼女を阻止すべきなんだろうか?
ここは男らしくガッツリ食べるべきだろうか?
自問自答しながら台所へと向かう僕の足取りは重かった……
【回答編:殺し屋関川の優雅な台所】
重い脚を引きずりながらボクは今の
大丈夫さ、いつもの仕事に比べれば軽いミッションだ。
懐と鞄に忍ばせている仕事道具を考えながら、ボクは自分を奮い立たせる。
彼女のことは当然のごとく愛しているが、実のところ次のミッションに必要不可欠な存在なのだ。
次のターゲットは大物。表舞台に滅多に顔を見せることが無いと言われている重鎮。それこそが彼女の祖父なのだ。
彼女は祖父に溺愛されていた。来月、彼女の二十歳の誕生日を祝うために、盛大なパーティーが開かれる。
そこに恋人としてボクは招待される計画だ。そのためには良好な関係を築いておかなくてはならない。
祖父を亡くし哀しみに暮れる彼女を想像し、ボクはゾクゾクと快感を感じた。
日頃から毒を喰らう覚悟はしているので準備を怠る事はない。喉の奥に特殊ラバーの袋を常備していて、不意に何かを口に含まされても対処可能だ。それに麻酔薬と睡眠薬もある。今日のピンチは隙を見てこれでどうにか回避できるだろう。
仕事は常に殺すか殺されるか。それに比べれば生ぬるいものだ。
そう自分に言い聞かせて、ボクは台所に立つ彼女の近くまで行く。
彼女の気を散らさぬよう斜め後方からそっと覗き込んだ先では、袋から取り出した野菜を、包丁でぶつ切りにしている所だった。
ねえ、手、洗った? っていうかその野菜たちも洗ってないよね?
んー……うん、まあとりあえずそれは良いとしておこう。
多少の雑菌や汚れで死ぬまではいかないだろう。昨今は色々病が流行っているがまあ大丈夫さ、即死は無い。
それよりさ、包丁。
包丁ってそんな持ち方したかな。何処かのゲームの殺人狂みたいだ。よくその持ち方で切れるね。切ってるっていうか斬ってる感じ。
野菜を押さえておくとかもしないんだね。うん、まあ切れるなら良いけど。怪我しないの、凄いね。ボクより殺し屋に向いてるんじゃない?
ボクの見間違いじゃなければ、ズダンッズダンッと凄まじい音を立てて斬られた野菜達は、まな板の外へ飛び散っている気がするんだけどな。まあ、こっちには飛ばない角度だから良いけどさ。
あ、集めてボウルに入れるのね。うん、良いよ。食材を無駄にしないのは良いことだと思う。
窓から差し込む陽射しに、彼女の持つ包丁がギラリと一瞬輝いた。
そのうち包丁も飛んで来るんじゃないかな……。
そんな事を考えていたら、急に目の前にオレンジ色が飛び込んで、衝撃と共にボクは意識を手放した。
気がつくと冷たい床の上。
うーん、きっとあれは人参だった。なんであの角度でボクに当たるんだ、あり得ない。完全な死角からの考えられない軌道、狙ったって難しいだろう。
ボクはほんの数秒倒れていたらしい。慌てて駆け寄った彼女は申し訳なさそうな顔で平謝りしてくる。
これ幸いと、具合の悪さを盾にして彼女にはお帰りいただこう。
「本っ当にごめんなさい! 料理は仕上げたから、体調が良くなったら食べてね!」
玄関で見送った彼女はそう言い残し、なおも申し訳なさそうに手を合わせながら遠ざかっていく。
彼女の姿が見えなくなるまで見送って、ボクはキッチンに残された料理と呼ばれた物体の様子を見に行った。
うーん、今回も凄まじい。この料理は何だろうね? 香りは無く、どろりとした赤黒い液体には、あれだけぶつ切りにされていた野菜の、カケラも面影が残ってはいない。
今度、レシピ聞いて、殺し屋協会に劇薬として申請してみようかな? 殺さずに昏倒させることが出来る劇薬。しかも材料はスーパーで買える。需要あると思うんだよね。
ただ、どうやって摂取させるかがネックかなぁ。
鍋を流しに追いやって、ボクは新しく料理を始める。
結局1袋分残して行った食材の中から、適切なものを選び出して、手早く簡単に美味しい料理を完成させるのだった。
仕事も料理もスマートにやらないとね。
すっかり日も落ちて静かな室内。高めのスリムでシンプルな木製丸テーブルに、一人分のディナーを並べてボクは満足する。
密かに、流しに追いやられた鍋が溶けている。そのことに気付くのは、優雅に食事を終えた後だった。
【殺し屋関川の優雅な台所】——END
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