第26話 暴かれたくない真実

 「ただいま」


 静かにドアをあけ、クルフルが三人の元に戻って来た。その表情は何かを決意していた。

 先ほどまで座っていたチェアにクルフルが腰を下ろす。


 「すまないな。家族を守る為だ」


 ベリーナの言葉に、クルフルとメレーフもわかっていると頷いた。


 「さっきの男の人は誰? 俺たちの事も知っている様子だったけど」

 「彼は、私の兄だと名乗っている者だ」

 「名乗っている者って……」


 その言い方にクルフルは驚く。まるで信用していない口ぶりだ。


 「彼が私の前に現れたのは、私が15歳の時だった――」


 ベリーナは、貴族の娘だった。ある日、ブルーベが目の前に現れ自分が本当の兄だと名乗り、痣が現れたら連絡を欲しいと言ったのだ。ブルーベはそれだけ伝えるとすぐに帰っていったが、それが周りの誤解を招いたらしく婚約者から婚約破棄されてしまったのだ。

 彼が誰なのか説明ができず、本当の事を言っても逢瀬をしていたと言われ、後妻として15歳も離れた者と結婚させられた。

 ベリーナにとって、彼は兄などではなく幸せをぶち壊した相手。なので、会いたくない相手だった。


 「でも本当に……少なくともその亡くなった者の親族なのかもしれないな」


 ベリーナがそうため息交じりに呟く。

 ブルーベがわざわざ亡くなったと伝えに来たのだから、その者に痣があったのだろう。


 「その人が兄だとは信じてないの?」

 「それが何だ? ブルーベさんのいう事が本当なら父親は私を捨てた。もしそうなら痣のせいかもしれないと思ったのだ。いずれ現れる痣。それを見通して捨てた。ただ向こうも貴族だったのだろう。どういう取り決めか知らないが、もしかしたらその痣の事が知れて、あの家も出されたのかもな」

 「でも違った。これは、祝福。それにあの人、俺たちには何も聞かずに帰ったけど?」

 「それを見て確信したのだろう」


 クルフルの左腕に巻かれた包帯を見てベリーナは言った。

 ブルーベはここから逃げられないと思い確認だけして帰ったのだと、ベリーナは思ったのだ。


 「彼はまた来るだろう。二人ともここにはもう戻って来るな」


 ベリーナの言葉に二人は嫌だと首を横に振った。


 「もう俺も大人。だから話してほしい。なぜ俺らがここで暮らしているのか。今の話だけでは、それがわからない。逃げているのは、その人からじゃないよね?」


 そう聞くと、ヒルダが暗い顔をする。


 「やっぱりそうなんだね。俺たちは――」


 とうとうクルフルは、パンドラの箱を開けてしまったのだった。





 真っ暗の部屋から街の光を見つめる金の瞳の彼の髪を、開けた窓から入ってきた風が優しく撫でる。


 ――珍しいわね。ブルーベが感傷に浸るなんて。


 ”私以外に子がいたと知れるだろうからな。あの祝福は、子孫へ受け継がれる血族の祝福。私にも娘にも痣がないのだから”


 街を見つめていた瞳を閉じ、ブルーベは問う精霊にこたえた。


 ――私がそれらしい痣を描いてあげようか? あなたの瞳を金に変えたように。


 ”いや、そんな事をしたら光の精霊の怒りを買うかもしれないからやめておく”


 その昔、光の精霊が地上にはモンスターが発生しないように、ある一族に祝福を与えた。その一族がこの王国を今も守っている。


 ――ではどうするの?


 ”どうにもならないだろう。しかしよりによって、ベリーナではなくその孫にとはな。父上に、もしもの時があるかもと15歳になった時に打ち明けられて、あの時になぜ殺さなかったと思ったが自分の子供は殺せないな。それは彼女達も同じだった”


 ブルーベは、軽くため息をついた。


 ――彼を守るの?


 ”私がしなくとも光の精霊が守るだろう。危ういのは私だ。まああの子たちを助けたのは、私でもあるが”


 ブルーベは、ベリーナに会いに行った後、こっそりと監視していたのだ。自分が会いに行ったせいで彼女の婚約が破談になり、その後彼女の娘は生まれたばかりの子を連れて家から飛び出した。

 それを知ったブルーベは、彼女らの手助けをした。いや、居場所を与えもしもの時に備えたのだ。


 ――代表なのに殺されちゃう?


 ”私がこの立場なのは、金の瞳のおかげだ。普通は父上がなくなり痣が出てから王位継承をしていたのだから。父上ももしもの為に譲ったのだろう。これから権力争いが始まる。痣の件は、一部の者しか知らない事。王位は男児が継ぐ事になっている。娘では継げない”


 ――あら、それなら娘に男児を生んでもらえばいいじゃい。


 ”だから、その相手を選ぶのが大変なんだ。娘を守ってくれる者でなくてはならないからな”


 ――結局、一番は娘なのね。この国の民じゃなくて。


 ”情けないがそうだな。だから祝福を受け継げなかったのかもしれん”


 悲し気にまたブルーベは、王都の灯を見つめるのだった。

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