第21話 涙の渦巻き
バシ!
クルフルがため息をつきつつ、壁を叩くように手をついた。
「完全に迷った」
手をついたすぐ傍の壁には、ナイフで刻んだ印がついている。ここに三人は何度も戻ってきていた。
30階にはやはり、部屋が存在せず下に行く階段しか見当たらなかったので、三人はクルフルが言っていたように、ボスの部屋は最下階にしか存在しないと踏んだ。
31階からは、少し入り組んではいたが40階までは同じ作りだったので、覚えてしまえは迷う事はなかった。だが、41階からは迷路のようで、なぜか同じところをクルクルと回っているのだ。
「トラップよね、きっと」
メレーフがぼそっと呟く。
”そうだとしか思えない。分かれ道には必ず印をつけていた。それなのにここに戻ってる。うーん。ノートの出番かな”
「ここで休憩しようか。ノートで何か対策ないか見てみる」
「そんな事もできるのか?」
「聞いた事に対して、この錬金で対処できれば教えてくれるみたい」
「ふーん。そうなんだ」
少し不機嫌にクルフルは、壁に腰かけ座る。
”な、なんだろう。機嫌悪そう。迷っているからかな?”
シャンスも座りノートを広げた。
”トラップを見破るモノ”
ノートをなぞると文字が浮かび上がる。シャンスは、安堵した。
”よかった。あった”
○『開眼点眼』の作り方
スライム核に入れるだけ。
●スライムの核レベル10:10個―>伸ばす―>モンスターの体液
スライムの核レベル10を10個を混ぜ薄く伸ばし筒のような形にし、その中にモンスターの体液(血液、唾液、涙、汗などの液体)を入れる。量が多いほど効果が高い。核の色が抜け透明になり液体が一滴分になったら片目に点眼する。
”何このモンスターの体液って! 凄く嫌だ”
眉間にしわを寄せるシャンスをじーっとクルフルは射抜く様に見つめていた。
シャンスは、下の階に降りるほどスライムを倒すのに苦戦していたのに、途中から逆に一撃で倒すようになり、クルフルは驚いていたのだ。それに、何度か攻撃を受けていたのにも関わらず、一度も回復薬を使ったところを見たことがない。
疾風の服は、素早さは格段上がるが防御力に関してはそこまで上がらず、シャンスのレベルは不明だが、ある程度動くと疲労する事から自分たちとさほど変わらないレベルではないかと、クルフルは思っていた。
「はぁ……難易度が高い」
「難しいの?」
ぼそっと呟くシャンスに、メレーフが聞く。
「難しいと言えば難しいかな。モンスターの体液が必要で……」
「体液? それを使って何を作るんだよ」
「点眼液? 目に一滴入れるみたい」
「素を知っていたら嫌ね……」
「それ、シャンが使うんだよな?」
「やっぱり僕?」
とても嫌そうに答えたシャンスだが、これしか載っていないので仕方がない。ドロップしたものにそういうのがないか調べる。
”バトルバットの涙袋? これならいいかな?”
「バトルバットの涙袋」
右手に小さな小さな袋が現れた。シャンスが袋とか言ったと思い二人が彼の右手を見ると、1センチもない黒い巾着袋がちょこんとある。
「何それ、かわいい」
メレーフが欲しそうに見つめた。
「それ開けた途端、零しそうだな」
「うん……」
”これ最初から一滴分しかないけどいいのだろうか?”
「まあいいや。持っていてもらっていい?」
「私持つ!」
「開けるなよ」
「開けないわよ。かわいい」
シャンスが、メレーフに手渡すと嬉しそうに手の平にのせ眺めている。
「スライムの核レベル10を10個」
今度は10粒の核が右手に出現した。
どうやって伸ばせばいいかわからいが、粘土みたいにこねて薄く延ばす事にしたシャンスは、両手で核を一旦ころころと一つに丸める。
「で、それは何?」
「うん? どうやらこれを薄く延ばして涙を入れる器にするみたい」
「は? それを? なんか錬金らしくないよな……」
クルフルもシャンス同様に錬金らしくないと思い、大丈夫なのかと不安になった。
核は一応薄く延ばされ、一か所を覗き縁が少し立てられた小さな皿のようで、筒にはまったく見えない。
”一滴分ならキャッチ部分を広くして、点眼しやすいように縁にくぼみも作ったし大丈夫だろう”
「それ皿?」
「うーん。本来は筒状にするみたいだけど、そうしちゃうと涙をいれづらいだろうから。どうせ出来上がるのも一滴分みたいだし大丈夫だと思う」
「ず、ずいぶんアバウトだけど大丈夫なのかよ。目に入れるんだろう?」
「今まで大丈夫だったから大丈夫だと思う」
”一応鑑定して確認するし。ダメだったらやり直そう”
鑑定できる事を知らないクルフルは、止めた方がいいだろうか悩む。彼がそんな事を思っているとは気づかないシャンスは、涙の袋を開け核の上に落とす。そうすると、核の黒い色が涙に吸い込まれる様に渦を巻き集まっていく。
それをただ静かに三人は見つめていた。今回は、クルフルとメレーフにもその光景が見えたのだ。
これだけは、錬金術らしいと思うのだった。
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