121.勇者は魔王に守られていた

 双子は魔族の協力要請と仲間探しに、エイシェットはオレと共に魔王イヴリースの解放を目指すことになった。考えてみたら、全員が一緒に行動する必要はないし、襲撃されて全滅する可能性を考えたら逆に危険だ。


 抱き合って別れを惜しむなんてこともなく、あっさりと手を振って別れた。この後、すぐに合流するみたいに。普段と同じ、手を振って「後でな」の言葉だけ。オレは彼らを失う気はないし、向こうだってオレが死ぬと思ってない。ならば、大仰な別れ方の方がおかしい。


 エイシェットの背に乗って、バルト国の近くにある森へ向かう。以前にエイシェットがリリィの匂いに気づいた場所だ。王城からは森の高い木々と山肌が視界を遮るため、ドラゴンの接近を気づかれにくい利点があった。少し手前で降りて、ワンピースを被った彼女と手を繋いで近づく。


「今日はリリィの匂いしない」


 きょろきょろと見回したエイシェットが呟く。その声に頷きながら、小さな転移で王城の脇にある池の近くへ飛んだ。手を繋いだエイシェットと茂みにしゃがみ、様子を窺う。人けのない池の底から、痛みに呻くドラゴンの声が響いた。気味が悪いので、誰も近付かないのだろう。


「行くぞ」


 小さく声をかけて、繋いだ手を握る。目を合わせて頷きあい、地下へ移動した。転移で擦り抜けたが、地上から地下へ向かう扉や階段には、何らかの仕掛けがありそうだ。天井を見上げて、黒竜を振り返る。


「イヴリース」


 ――なぜ戻った。


 疑問ですらない。戻るはずがない、戻ってはいけないと言い聞かせたオレの再来に、ドラゴンの瞳が細められた。だがすぐに答えが返ったのは、それだけ意識がはっきりしている証拠だ。


「リリィに宣戦布告された。略奪者の女神だ」


 リリィの固有名詞に対し不思議そうな顔をしたイヴリースに、情報を追加する。略奪者、女神の単語に敏感に反応した。びたんと尻尾が大地を叩く。


 ――知ってしまったのか。


 残念そうな呟きに、オレは泣きそうになった。やっぱり隠されていたんだ。知ったらオレが傷つくと思い、イヴリースは何も言わなかった。


「どうして、オレに倒された?」


 圧倒的な強さで、オレをねじ伏せることも出来た。殺すのはもっと簡単だったはず。だが、イヴリースは倒される道を選んだ。その理由が知りたかった。


 ――手を抜いたのではない。どんなに攻撃しても、サクヤを殺すことは出来ぬのだからな。


 思わぬ返答に息を飲んだ。何かが引っ掛かる。だがこの場で議論する必要はない。まずはイヴリースを解放するのが先決だった。魔王イヴリースがこの世界の創造主の欠片だとするなら、女神を排除するのに彼の存在は欠かせない。


「イヴリース、話は後にしよう。脱出する方法を教えてくれ……っ、いて」


 体内に巡らせる魔力が乱れる。深呼吸して整える間、不安そうなエイシェットが手を握る。その温もりに寄り添うように呼吸を整えた。その様子を見ながら、黒竜は杭に貫かれた手足を動かし、立ち上がろうと試みる。地下全体が大きく揺れ、天井の一部が崩落した。


 ――我が痛みを引き受けたのは、お前か? サクヤ

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