108.痛みを分かち合う決断

 ヴラゴの指示で、魔王城への監視体制が整えられた。まったく気づかなかったが、エルフの婆さんやドラゴンの長老はオレを情報源にしていたらしい。魔族に対してオレは隠し事をしなかった。だから彼らにリリィ達の動きを聞かれても素直に答える。しかもリリィ側に立っている自覚もなかった。


 もっとも近くで行動を把握しているのに、中立の立場に置かれた。そこに優しさを感じる。リリィの思惑は分からないが、エルフの婆さんはオレに事情を話すことを周囲に止めた。裏切られて立ち直ったばかりのガキを気遣ったのが半分、残りはオレがどちらに転ぶか不明だったから。


 もしリリィ側につかれたら、警戒を強める長老クラスが粛清対象になった可能性がある。若いエイシェットが戦闘に加わることを許したのも、偵察を兼ねていたらしい。事情を知らないから、見聞きした内容をそのまま話す彼女は、スパイのような役割だった。


 こうしてみると、復讐に興じるオレの後ろで様々な立場で探り合いが行われていたのだ。気づかなかったのが不思議なくらいだった。イヴはどちら側か分からない。だが双子は婆さん達についた。リリィの監視要員として活動する彼らは、オレにとって心強い味方だ。


「話を整理する。まずイヴリースの解放は後回しにする」


 リリィが束縛の術を授けたり行った張本人なら、術を解除したらバレてしまう。苦痛が続くが、イヴリースの解放は最後に回すしかなかった。何らかの方法で苦痛を和らげられないか尋ねたところ、ヴラゴが迷う素振りを見せた。


「そんなものはない」


 口ではきっぱり否定するのに、視線を合わせようとしない。


「ヴラゴはオレを信用してないんだな」


 わざと悲しそうに呟いた。信用してないから教えてくれないんだろう? 問題を挿げ替えたオレに、舌打ちした後でヴラゴは渋々教えた。


「痛みの総量は変えられないが、分散することは可能だ」


 痛みを100として、今はイヴリースの魂が一人で引き受けている。それを2人で分けたら50で済む。だがあの魔王をして、言語が奪われるほどの激痛だ。並みの魔族では耐えきれないだろう。複数の魔族でさらに割って分担する方法も考えたが、術式が複雑すぎて難しい。


 術式が複雑になるほど、失敗する可能性が高まるとヴラゴは締めくくった。オレは目を見開き、それから口角を持ち上げて笑みを作る。大丈夫、完璧な表情だ。深呼吸しながら切り出す。


「簡単な話だ、オレがイヴリースと痛みを分かち合う」


 2人ならさほど難しくない。召喚されたオレを受け入れた魔王イヴリースは、心から友と呼べる人物だった。彼が痛みに苦しみ、自我を蝕まれているなら……その痛みを分かち合う方法があると知ったオレに迷いはない。


「危険、やだ」


 ぐすっと鼻を啜るエイシェットが唇を尖らせる。その唇を指で押し戻し、彼女と視線を合わせた。


「オレが痛いとき、エイシェットは隣にいてくれるんだろ? 優しく撫でててくれ。それで痛みは減るから」


「ほんと?」


「ああ、本当だ」


 手当という単語の通り、人の体温は解明できていない効果があるらしい。嘘も方便、エイシェットは迷いながらも小さく頷いた。

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