104.おっさん、寝坊だぜ?

 突然訪れたドラゴンに慌てた蝙蝠に、事情を話そうとして躊躇った。もしオレの勝手な想像だったら、彼らを期待させて裏切ることになる。だから最低限の用事だけ告げる。


「最後にヴラゴの顔が見たい」


 吸血種達は反対しなかった。ヴラゴがオレに目を掛けていたことも、一緒に作戦行動をした経緯も知っている。オレが彼を親戚のおじさんのように慕った事実を知るから、この言い分にも疑問を持たずに案内された。当然のように人化したエイシェットがついてくる。


 薄暗いを通り越し、自分の指先すら見えない暗闇の中を進む。案内の蝙蝠の魔力を感知して追うので、時々石に躓いたり、肩や頭をぶつけた。くそっ、だが灯りを点けたら蝙蝠には眩しすぎるだろう。ヴラゴの前まで我慢だ。


 ひらひらと動く蝙蝠の魔力の位置で、何となく洞窟が低くなったと感じる。徐々に天井が下がるのは、洞窟の行き止まりに彼を安置したということか。外敵がない場所へヴラゴを置いたのは、一族の敬意の表れだ。慕われた彼らしい。


 きぃ、甲高い声で到着を知らされ、灯りを点けることを説明して承諾してもらった。イメージするのはぼんやりした間接照明だ。丸い光の周囲を曇りガラスで覆った丸いボールを生み出し、ヴラゴに近づけた。青ざめた彼の肌は冷たい。口の前に手を置いても呼吸は感じなかった。


 膝を突いてヴラゴの胸に耳を押し当てる。何もない。やっぱりそうだ、間違いない。不思議そうに見守るエイシェットを手招いた。素直にぺたんと地面に座った彼女は、ヴラゴを見つめる。耳元でぼそぼそと話したあと、彼女はにっこり笑った。


「いいよ」


「悪いけど頼むな」


 ひとつ深呼吸し、顔をよく見るため明るくしたいと言って蝙蝠を遠ざけた。エイシェットがヴラゴの手を握る。オレの手を彼の首筋に当て、魔力を一気に高めた。攻撃のために魔力を練る手順を一気に行い、あとは発動するだけ。魔法による刃を彼の首に押し付けた。


「風よ、我が刃となれ」


 エイシェットも高めた魔力をヴラゴの肌に送り込む。慌てる蝙蝠が騒ぐものの、魔力による障壁で近づけなかった。体当たりする彼には後でよく謝ることにしよう。失敗したら詫びても許されないし、成功すれば不問どころか忘れて歓喜するだろうけど。


「おっさん、寝坊だぜ?」


 最後の切っ掛けを与える。これで首が落ちて彼の命が完全に断たれるか。もしくは復活するか。責め立てられる覚悟は出来ている。失敗したらオレの命はくれてやるさ。


 風の刃がぐっと肌に食い込み、青白い肌の表面がすっと切れた瞬間。一気に弾かれた。衝撃に尻餅をついたエイシェットが「いてて」とぼやく。勢いが付き過ぎて、後ろまで転がったらしい。打ち付けた背中を撫でながら、むっと唇を尖らせる。


 助け起こしてやりたいが、魔法を発動したオレの手を掴む腕の力強さに動けなかった。奇跡のようだ。閉じて動かなかった目蓋が開き、赤い目がぎょろりとオレを睨む。きゅうと細めた後、残った方の手でぐしゃりと彼は髪をかき乱した。


「……乱暴な奴だ」


「うっせぇ、寝汚ねぇんだよ」


 驚いて解除した灯りがないので、暗闇が再び周囲を支配する。驚き過ぎて翼を痙攣させた蝙蝠が落下し、オレは見えないのをいいことに滲んだ涙を拭った。

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