105.疑うに足る根拠がある

 歓喜に湧く蝙蝠の騒ぎを見ながら、ヴラゴは苦笑いした。離してくれたオレの腕には、くっきりと掴んだ指の形に痣が浮かぶ。体に痣がついて嬉しいと思ったのは、初めてかもな。


「よく気づいたな」


「死んだと思ってたさ。ただ……吸血種は灰になって散ることが多いから、先祖の墓がないって言ってただろ?」


 雑談の中で、そんな話を聞いた。即死の場合は灰になり、そうじゃなくても時間が経つと灰になる。だから死体が残るのはおかしかった。漠然とした違和感は、バルト国で形になる。イヴリースと思われる黒竜を見たことで確信を得た。


 手早く状況を説明する。


 バルト国の王宮地下で黒竜を見たこと。中に閉じ込められた魂は魔王イヴリースかもしれないと感じること。エイシェットは黒竜を死体だと断言した。出来るだけ順番を整えて説明する。


 最後の決め手が、リリィの匂いだった。人間のオレは魔力を高めても知覚できないが、ドラゴンのエイシェットは狩りをする種族だ。匂いや気配に非常に敏感で、ほぼ間違うことはない。その彼女がバルト国でリリィの匂いを感じた。


「おかしいだろ? リリィは魔王城から出てないんだ」


 魔王城を出られないから守りに回ると聞いている。彼女が本当に嘘をつけないなら、その言葉は事実だろう。何より常にイヴが控えているので、外出すればわかるはずだ。


「忠告は役立ったか?」


「ああ、お陰で疑うことが出来た」


 恩人であるリリィを疑うことは、今回の騒動が重ならなければあり得ない。わずかに過ったとしても、打ち消しただろう。打ち込まれた楔があったから、違和感を疑問まで引き上げられた。


「感謝してるぜ、おっさん」


「ならば、礼に血を寄越せ」


「え? 冗談だろ、男の血はまずいって言ったくせに」


 文句を言いながらも、腕に牙を立てるヴラゴを止めない。復活したばかりで体が辛いのに、それを言い出さない意地っ張りへの配慮だった。部下もいるし、口に出せないんだろう。


 吸い上げる血の流れが分かるほど飲んで、ようやく牙が抜けた。正直、こんなに吸われると思ってなかったけど。よくエイシェットが文句を言わなかったな。途中で止めに入りそうだが? 振り返ると、目を見開いたまま動きが止まっていた。


「エイシェット?」


「……浮気した」


「「何?」」


 ヴラゴとオレがハモる。浮気って、あの浮気だよな。ヴラゴと顔を見合わせた後、エイシェットを見ると大きな緑の目に涙を溜めていた。しゃくりあげる動きで、ぽろりと落ちる。咄嗟に手を伸ばして抱き締めると、ぐずぐずと鼻を啜って文句を並べる。


「血をあげる、浮気。私、まだ、サクヤの……血を飲んで、ないのにっ」


 よく分からないが、血が飲みたかったのか? ドラゴンの習性はよく分からないが、番の場合には何か体液を交換する儀式があるのかも知れない。銀髪をゆっくり撫でて気を落ち着かせてから、言い聞かせた。


「あれは求愛行動じゃなくて、救命行為だ。命を救うために栄養を与えた。吸血鬼の栄養は人間の血だろ? 分かるか」


 こくんと素直に頷いたエイシェットにほっとしたところで、ヴラゴに後ろから揶揄われた。


「愛されることは良い足枷になる。良かったじゃないか」

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