92.魔王城、襲撃!

 飛び降りた塔の屋根を滑って、地上まで落下する。迷う前に風を操った。消費された魔力が抜ける。指先をきゅっと掴んでひとつ息を吐く。悩むのは後だ。全員を助けてから後悔しろ。


「風よ、支えろ! どけっ!」


 足元の邪魔者を蹴飛ばして、友人の前に降り立つ。敵をまとめて風で切り裂いた。


「こっちだ」


 駆け寄って誘導するアベルに飛び乗って、広い城内を走り抜ける。オレが降りた場所から建物を挟んで向かい側、リリィとイヴが避難誘導をしているという。そちらへ回り込んだ。


 見えたリリィは黒いドレス姿で幼児を抱えていた。イヴも侍女服で剣を握る。獣人でも、女性であるイヴの戦闘能力は高くない。多少運動神経のいい女性というだけだった。すでに数カ所に血を滲ませたイヴに、アベルが駆け寄る。


「後は預かる、逃げろ」


「逃げろじゃないわ! 彼らを全員排除なさい」


 複数の相手を徒手空拳で相手するリリィの命令が響く。魔力のほとんどを魔王城周辺の黒い霧の処理に使ってるため、今の彼女に魔法や魔術は使えなかった。もし使えたなら、すでに全員駆除されているだろう。


「侵入経路を吐かせてください」


「わかった」


 イヴの要請に応える。


「他の連中は?」


「エルフとラミアは逃したわ。蝙蝠は地下、ヴラゴを守ってる」


 リリィが一息で2人を蹴り飛ばす。このペースで戦って、カインが到着するまでに全員が倒れてないなら、どこからか大量に侵入されたらしい。侵入経路を吐かせろ、という言葉の意味を理解した。


 ぐわっと声を上げたエイシェットが、中庭に炎のブレスを放つ。器用に建物を避ける形で、中庭に集合していた兵を焼き払った。すぐに離脱して矢を防ぎながら、ぐるりと旋回して遠目に敵の動きを探る。視力の良さは定評があるドラゴンなので、すぐに敵の動きを把握できるだろう。


「巨人族が北の裏庭で交戦中、獣人も合流してるはずです」


 イヴの言葉で状況を把握した。大量の兵を引きつける巨人族の応援に獣人の男性が回った。手薄になった魔王城に侵入され、リリィやイヴが戦えない種族を守っているのか。


「魔物はどうした?」


 人間で言う兵士に該当する魔物が見当たらない。


「それが、この近くにいないのです!」


 悲鳴のように叫んだイヴの声に、目を見開く。馬鹿な! 魔物は魔王城の周辺に溢れるほど住んでいたはずだ。


 飛びかかってきた男を殴り倒し、空中から剣を抜いた。その刃を突き立てて息の根を止める。背後から掛かってきた兵も、見ることなく斬り捨てる。この辺の気配の察知や迎撃は体に叩き込まれていた。


 リリィの訓練は厳しかったが、確実に身に付いている。血に濡れた刃を乱暴に袖で拭い、脂を払った。


「話は後よ、早く駆除して」


 害虫のように駆除と吐き捨てたリリィの目が鋭さを増す。背筋がびりっと痺れた。魔力を感知しても反応しない人間を手当たり次第に斬りながら、オレは魔王城を走り抜ける。友人が遺した大切な城、魔族の心の拠り所を奪われる愚は避けねばならない。


「許さねえ」


 死にたい奴から掛かってこい、なんて愚かな言葉は不要だ。目に映る人間全てを排除し、駆逐する。オレの意識は徐々に赤く染まっていった。

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