89.なんでオレだったんだ

 復讐を果たすなら、魔法を使わざるを得ない。それは何も知らずに死んだ日本人の生命力を消費する行為だ。使わなければ減らないが、オレが魔力を使うたびに誰かが消えていく。この世界に還元された魔力は、いずれ生まれ変わるという。ならば、使い切れば被害者救済になるのか?


 そこまでして自己擁護したいなんて、オレは最低だな。ごろんと転がった天井も洞窟の壁と大差ない。ほとんど光が差し込まない場所で、大きく溜め息を吐き出した。死にたいと言えないのが、また辛い。


 オレが死んだら魔力は拡散する。復讐もできず、身勝手なアイツらを野放しにして死ねるか? 無理だった。それにどうせ拡散する魔力なら、復讐に使った方が喜ぶんじゃないか。違う、これはオレの勝手な願望だ。誰も殺さず、ひっそり死ねと思ってる奴もいるだろう。


 そもそも魔力に意思はない。純粋な力そのもので、死んだ連中の魂や心はどこに消えたんだ? 魔力を返して生き返らせる方法がないってのは、体という形の問題じゃなく、魂が消滅しているからだ。こんな宗教みたいな曖昧な概念で悩むなんて――答えが出るわけない。


 堂々巡りのオレに、ヴラゴは何か言いかけて口を噤んだ。余りに憔悴しきった姿に同情したらしい。これ以上追い詰める情報は受け入れられないと思ったか。後で聞いておけばよかったと後悔するのは簡単だ。だから尋ねた。


「まだあるなら、今のうちにトドメを差してってくれ」


「リリィを信じるな」


 一言だけ、本当にトドメのように吐き捨ててヴラゴは洞窟を出た。ぼんやりと寝転がったまま見送り、言われた言葉を噛み締める。忠告だった。リリィは秘密も多いが、助けて鍛えてくれた人だ。だけど……。


「くそっ、キャパオーバーだよ」


 オレは平凡な人間で、特別な能力や頭の良さもない。だからこんな謎かけ、どうしたらいいか分からねえよ。ぐしゃぐしゃと黒髪をかき回し、ヴラゴが出て行った方に視線を向けた。何もない、空中を掴むことすらしない手を見つめる。


 なあ、どうしたらいい? お前らだったらどうした? 学校で馬鹿をやった悪友達を思い浮かべる。この世界に来た頃は鮮明に思い出せた顔が、ぼんやりと霞んでいた。オレはもう、お前らを消費しちまったのかな。胸が苦しく、締め付けられる気がした。


 息苦しさに喉を掻きむしり、頬に爪を立てた。血が滲むほど噛み締めた唇が切れ、鉄錆た味が広がる。

 

 ああ、まだ生きてる。


 罪悪感に似た居心地の悪さがオレを支配する。このまま死にたい。だが死ねない。預かった魔力はすべて使い切るべきなら、復讐するのが正しいのか。


 なんでオレだったんだ? 他の誰でもよかったんだろ。どうしてオレが召喚され、分不相応な力を背負わされた? 知らずに復讐を遂げてから後悔するのと、今の状況……どっちがマシなんだろうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る