79.暗闇ではない直接の脅威
朝が来るはずの時刻になっても、街は真っ暗だった。星の光すら届かない。何も見えない暗闇で、騎士や兵士は各家から奪った木材を使って火を確保した。魔術師を数人連れてきたが、火がつくまで役立たずだ。魔法陣が読み取れず、どれに魔力を込めたらいいかわからなかったのだ。
実戦で役に立たないと証明した魔術師を放置し、兵は淡々と火を起こす準備をした。手探りで木材を得て、火打ち石を使う。原始的だが確実な方法で確保した明かりを掲げて、状況の把握に勤しんだ。
「見張りは何をしていた」
「攻撃なのか?」
「わからんが、普通ではないぞ」
日光が降り注がない大地は温度を下げていく。足元から冷える暗闇は、人々の恐怖を煽った。昨夜の見張りからの報告で、外にいたアンデッドを退治した話で盛り上がる。何か明るい話題がなければ、気が狂いそうだった。
日が差し込まないだけで、こんなに恐ろしいと思わなかった。兵士の一人が呟くと、同意する声が広がる。普段当たり前に存在する物は、奪われてみないと価値がわからないものだ。これが敵の作戦なら、動揺させる点において優秀だが……自分達は持ち堪えられる、どこかに突破口があると信じていた。
「見事なドームだが、後はどうする?」
「何もしないで待つ」
「どのくらいだ」
「地獄の蓋が開くまで……最低7日以上だな」
抽象的な表現をしたオレに、ヴラゴは不思議そうな顔をした。魔族の中で強い種族の長に生まれた彼は、想像もしたことがないだろう。夜の闇を味方につける彼にとって、太陽の光が遮られることは恐怖の対象にならない。
「暗いだけで狂うのか」
「それもあるが、もっと怖い物がある。魔族には想像しづらいだろうが……」
勿体ぶってオレは一度言葉を切った。後ろで背中合わせに座るエイシェットは、うつらうつらと眠りの船を漕いでいた。明るくなった昼の木漏れ日が心地よいのだろう。
「まず気温が急激に下がる。周りには何が転がってる?」
「……瓦礫とアンデッドか」
「死体は支配下から抜けると急速に腐る、そうだろ? 人間ってのは卑怯で知恵は回るが、ひ弱な種族だ。腐った肉は病を蔓延させ、思考力を奪い、仲間同士が敵に見えるだろうな」
暗闇の中で真っ先に確保すべきは明かり。火をつけて明るさを保ち、寒さを凌ごうとする。放置された死体は温まれば腐り、異臭を発するはずだ。アンデッドだった死体が急速に腐乱し、様々な伝染病を引き起こす。中世ヨーロッパで流行ったペストがいい例だった。
ネズミなどが媒介する病気だが、当時は死者の数が多過ぎて死体を放置せざるを得なかった。その死体を齧ったネズミが増え、さらに伝染病を撒き散らす。最初は頭痛や発熱、怠さといった軽い症状から始まり、体が黒く変色して死ぬことから、黒死病とも呼ばれた。この世界にもあるはずだ。
ネズミは山ほどいる。つい数日前まで人が住んでいた都だ。観光地として栄えた都には、宿屋も料理屋も大量にあっただろう。国の備蓄倉庫にもいたんじゃないか? あのネズミが伝染病を広めてくれる。本来なら日光は消毒効果があるが、それも望めなかった。
「恐ろしい奴だな。敵でなくてよかったぞ」
「褒められたと思っておく」
にっこり笑って、ヴラゴの賞賛を受け入れた。吸血種は蝙蝠のため、自分達が病原菌を運ぶ立場だ。だからこの作戦は魔族には通用しない。一部の弱い種族なら感染するだろうが、圧倒的に生命力が違った。
人間だからこその苦しみ、人であるからこその恐怖と狂気だ。蓋を開けた時、青の都は何色になっているか。今から楽しみだ。
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