80.嫌な知恵ばかり優れた種族

 この世界にもノミやネズミ、ゴキブリは存在する。いっそ異世界にはいなけりゃよかったのにと思ったこともあるが、今回は十分すぎるほど役立ってくれるだろう。ペストはノミが原因と本で読んだ。あれは確か、中世ヨーロッパを主体とした貴族の恋愛を書いた小説だったか。


 ノミはネズミに取りつき、次は猫や犬に、最後は人間へと菌を持ち込む。清潔にしてりゃノミに食われることは少ない、現代のオレはそう考えたが……毎日掃除してる自室のベッドにだってノミは生存していた。テレビのCM観てぞっとしたっけ。


 衣服はもちろん、寝具を含む様々な布製品に取りついたノミは、目の前にある人間という栄養豊富な餌に食いつかない理由がない。説明を聞くたびに青ざめていく魔族の様子を見ながら、閉鎖したドーレクの地獄に口元を緩めた。


 オレを殺そうとしたように、悪意をもって応えられる気分はどうか。死の都となったドーレクを開放する正義の味方のつもりだったんだろう。閉じ込められたと気づいても遅く、暴れても叫んでも誰も助けに来ない。国旗を降ろした行動は、成功すれば御の字で失敗したら切り捨てる準備だ。


 当の騎士や兵士はなんと説明を聞いたのか知らないが、分かり切ったことだ。本当に正義の行いであるなら、占拠する際は必ず自国の旗を立てる。真っ先に功績を立てた証拠を知らしめる必要があった。オレが知る例だと、ヒマラヤなどの登山隊が該当する。自国の国旗を立てるために命懸けで山登りをして、最悪命を落としても旗は頂上に置いてくるんだから。


 国旗を使わせない時点で、これが不法で他国から攻められる可能性がある占拠だったのは明白。その上で魔族にどの国が動いたのか、突き止められたくなかった本音が透けて見えた。


 こんな考え方をする時点で、バルト国だと白状したのと同じだが。せっかくなので、この兵は全滅させよう。いや、発病したまま返す手もあるか。問題点があるとすれば、他の国を滅ぼす速度を上げないと、メインディッシュのバルト国を食べ損ねてしまうこと。


「忙しくなるな」


「人間というのは、本当に嫌な知恵ばかり優れた種族よな」


「ん? はっきり言っていいぞ。人間は卑怯で下衆な知恵は回るんだよ――オレも含めて、な」


 自虐する気はないが、オレの知恵は厄介だぞ。この世界の人間が持たない知識も持ってるだろうし、悪用することに躊躇いがない。


「オレにしたら、魔族の善良さが心配になるくらいだ。エイシェットもそうだが、強大な力を持ってるくせに人間を強制排除しないなんてさ。アイツもそうだったけど、人が好過ぎる」


 魔王イヴリースも同じだ。王として民を守りたいなら、人間を排除すればよかった。それを人間にも事情がある、住む場所は必要だ、滅ぼしたくないと躊躇った。付きあっていくなら魔族の方がいい。人間と腹の探り合いしながら一生を終えるなんてぞっとする。


「あと2日くらいしたら覗いてみるか」


 途中観察まで時間がある。そう告げた途端、エイシェットが目を輝かせて飛び起きた。


「一緒に出掛けたい! 背中に乗れ」


 命令系で指示され、狩りもかねて出かけることにした。見送るヴラゴはフェンリル達が守ってくれる。代わりに牛サイズの獲物を確約させられたが、妥当な報酬かな。

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