73.覚悟を決めればついてくる

 魔王城の上空で、エイシェットの背から飛び降りる。風を使って上手に着地したオレは、先に戻っていたフェンリルの双子と抱き合った。アベルもカインもふさふさだ。


「洗われたのか」


「突然だった」


「ああ、酷い目にあったよ」


 2匹のうんざりした表情から、リリィとイヴの仕業だとわかる。オレがいれば、双子を洗うのはオレの仕事だ。慣れているから耳や鼻を濡らさないよう洗う。だがあの2人は容赦なく、加減を知らない。乱暴に洗ったのは間違いなかった。嫌そうな顔をする2匹から、ローズ系の香りが漂ってくる。鼻の利くフェンリルにとって、強い香りは拷問に近かった。


「何か悪さしたんじゃないか?」


「……間違えて食材を齧った」


 なるほど。洗うときに失敗したフリで、香料入り石鹸を使われた理由はこれか。イヴが用意した食材を、つまみ食いしたのが原因だった。詫びたけど許されなかったんだろう。


 慰めながら歩き出すオレの裾を、ちょんと指先で掴んだエイシェットと手を繋ぐ。嬉しそうに頬を緩めるから、長い銀髪を撫でた。


「繋ぎたいときは言えばいいぞ」


 未来の番として接すると決めた以上、彼女に我慢させる気はない。復讐が終わるまで結婚はお預けだが、婚約者としての振る舞いなら拒否する気はなかった。キスやボディタッチは問題ない。


「結局、覚悟を決めたの?」


 尻尾をオレの足に擦りながら、カインは首を傾げた。頷きながら、手を繋いだエイシェットに合わせて歩く。人化するとバランスが取りづらいのか、歩く速度が遅いのだ。身長の差もあって、歩幅を合わせる必要もあった。


「この世界で生きて死ぬ。その覚悟が決まれば、後は勝手についてくるさ」


 妻となるエイシェットがオレを選ぶなら、断る理由はない。可愛いし、もう少し育てば恋愛対象になるだろう。その頃彼女が別のオスを選んだら、別れるだけの話だった。そう考えていたのに、一度選んだ番は変更しないのがドラゴンだと聞かされたら、絶対に大切にする。


「私の番」


 にこにこ笑うエイシェットが幸せなら、オレは彼女を守るだけだった。それだけの力が必要だ。リリィが新しい魔法でも教えてくれると助かるんだが。


 いつも通り狭いリビングで寛ぐ彼女を見つけ、地図を広げた。イヴがお茶の用意をして入ってくる。


「ただいま、くらい言うものよ」


「ただいま。リリィ、イヴ。ちょっと相談に乗ってくれ」


 魔族が強いられた悲惨な状況や、人間の国が為した非道な振る舞いは、彼女達に聞くのが早い。そう考えたオレに、リリィは淡々と教えた。


 捕らえた獣人を魔術の生贄に使った国、魔石を奪うための大量殺戮をした国もある。人に紛れ暮らす魔族だけでなく、金持ちを狙って殺した街を地図に書き込んだ。要は金を巻き上げようとした有力者による冤罪だ。問題は魔族狩りで本物の魔族も犠牲がでた事実だった。


「ふーん、次はこの街から潰すか」


 胸糞悪いのはどの国も一緒だが、ドーレク国に近い街を選ぶ。ここならヴラゴのおっさんと協力して戦える。商業都市として栄える街ボスマン――卑劣な有力者狩りを始めるとしようか。

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