58.悪い方法をご存知ですね

 エルフの協力を得て、ギバの毒を抽出する。煮詰めて濃くしてから、小さな鬼灯に似た植物に詰めた。固形に近い状態になるまで練った毒は、一欠片で人間を殺せる。


 鬼灯は中に実と種があるものの、大きな空洞が出来る植物だ。よく似た植物を選び、ギバの濃厚な毒と鬼灯の中身を入れ替える。大量に作った毒鬼灯は、都が見える距離で川へ流した。


 黒い森は魔族の領地として恐れられているが、魔王城は山の山頂近くにある。人間が使う水のほとんどは、森や山に降り注いだ雨が川となって、人間の住む平地に流れ込んでいた。その水に毒を仕込んだのだ。


「あの量で足りますか」


 手伝ったイヴが不思議そうに尋ねる。川の水量を考えれば、溶け出した毒は紛れてしまい、飲水と一緒に口にする量は少ないだろう。そう告げる彼女へ、オレは種明かしをした。


「いや、これでいい。街の入り口の塀の下を潜って川の水が取り込まれる。だが水中に魔物や間者が潜まないよう、貯水池がある。巨大な地下の空洞を利用してて、オレも一度見たことがあるんだ」


 鍾乳洞だった洞窟を改造し、巨大な水瓶として利用していた。その時は素直に感心したし、忍び込んだ者を駆除するシステムも見た。貯水池に溜まった水は、綺麗な上澄みだけを飲料用として取り込む。その部分にはゴミの混入を防ぐ網があった。


「混入防止の網に鬼灯が引っ掛かる。その上から水は降り注ぎ、中の毒を溶かす……飲料用の水にだけギバの毒が流れ込むのさ」


 風船状の鬼灯は水に浮かぶため、網まで確実に到達する上、自然物の混入にしか見えないため危険視される可能性が低かった。お茶に溶け出すほど親水性の高いギバは、濾過装置も通り抜けるだろう。


「魔力がほぼゼロの人間が、あんなに濃いギバを飲む。何日もかけて、毎日。確実に口にするんだぜ? すぐに中毒だろうな」


 何が起きるか。そこまで説明する必要はなかった。ほんの少し甘くなった水は、違和感なく人間の飲料に使用される。ギバに毒された人間を知るイヴは、ゆっくりと表情を笑みに変えた。


「悪い方法をご存知ですね」


「こういう作戦を使った戦いを、本で読んだんだよ。オレのいた世界は娯楽が豊かでね」


 結果が出るまで数日かかる。出来るだけ毒を拡散しないため、街に近づいたが……塀の上に見張りの姿はなかった。吸い込まれる鬼灯を見送ったところで立ち上がり、イヴにも手を貸す。


 振り返った森は名前の通り、黒い霧を漂わせていた。魔力の弱い子供を殺してしまう霧は、この辺りまで来ると薄い。魔王城の周辺を囲み、霧を遠ざけるリリィの魔術のおかげで、徐々に人間が住む領域へ霧が広がっていた。このままなら十年もしないうちに、この都も飲み込まれる。


 子供が産まれなくなって土地を放棄するまで、待ってやる義理はなかった。その前に滅ぼしてやる。ギバの毒が確実に回り切るまで、一休みか。


「エイシェットの鱗でも磨いてやるかな」


 一応婚約者の肩書きだし、武具を磨くのと同じ感覚で呟く。全力で走るイヴを追いながら、オレは次の作戦を練り始めた。策はいくつあってもいい。苦しめる方法は、どれだけ考えても飽きなかった。

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