50.無駄なことに金使ってるなぁ

「右か、左か」


 T字路に差し掛かり、どちらに向かうか迷う。外から見た王城の形を思い浮かべた。左側は塔に繋がる方向だ。普通なら右……なら、やっぱり左だろ。


 よくある迷路の引っ掛けだな。右手を添わせていたら、いつか必ず外に出られるという迷路の法則があった。それを逆手に取った迷路に入ったことがあるのだ。左にわかりやすく塔を作って、脱出路がないと大々的に広告したなら、塔の地下に外への通路がある可能性が高かった。


「塔は普段使わない場所だから、仕掛けを作りやすかっただろうな」


 人の出入りがない場所ほど、改造しやすい。何より、誰かにバレる確率が減るのだ。人が出入りする部屋なら、わずかな空気の流れや通路の水滴の音などが響くと違和感を覚える奴が出てくる。国で最も偉いとふんぞりかえる連中の逃げ道が、そんなバレやすい場所に作られるわけなかった。


 塔の入り口の扉が、わずかに開いている。これは誘われているのか、それとも急いでいたので閉め忘れた? 蝶番が錆びてたのかもな。笑いながら近づいて、隙間から突き出された剣を指先で摘んだ。ぐいっと引っ張れば、抵抗される。力比べだったら負けないぜ?


「おらっ」


 5年間、リリィ仕込みの地獄を味わったオレだ。巨人族との腕相撲やら取っ組み合いも経験してきた。息するように身体強化を使いこなし、己の魔力を膜として常に纏わせる程度の技量がなけりゃ、とっくに死んでた。


 指先に込める力を増やし、剣の刃を砕く。魔力過多のオレにとって、さほど難しい技術じゃなかった。パキンと甲高い金属音がして、剣にヒビが入って行く。


「ば、化け物めっ!」


「指先で砕くのは基本だぞ? 漫画で見てカッコいいなと思って習得したのに、何貶してくれてんだよ」


 ぼやきながら蹴飛ばした扉は、中にいた騎士ごと吹き飛ばされた。転がった男が手を離した剣は、半分ほどの長さになっている。ギザギザに割れた鋸状態の剣を騎士の腹に突き立てた。ぐぎゃああ! 濁音の悲鳴に肩を竦める。


「隙間から狙うなんてのは、手段としては下等すぎる。あの扉の隙間から狙うと見せかけ、近づいた敵を蝶番の間を使って背中から斬るくらいの芸当がないと、実戦で役立たないっての。これだから近衛騎士はダメなんだよ」


 生きるための本能が発達してるのは、最前線で戦う連中だ。近衛みたいに城から出ない連中じゃない。安全な場所から命令だけ出す騎士に負けるほど、オレは生ぬるい育て方されなかった。


「お前がここで扉を守ってたんなら、間違いないな。国王はこの奥から逃げた」


「だ、騙され、やが……て」


 この先に主君はいないと言いたいらしい。腹に鋸刺さってるのに、まだ言葉が話せるなんて大したもんだ。さっさと逃げた主君に対する忠誠に、褒美を与えることにした。にっこり笑って、柄を握る。


 やや斜めにして引き抜いた。しっかり手応えがあるから、腹を大きく切り裂いたはずだ。溢れ出る血に混じって、腸や内容物と思われる茶色いものが流れ出た。身を捩ることも出来ず痙攣する騎士に、声をかける。


「国王がここから逃げてないって言いたいんだろ? わかってるさ、逃げた先を誤魔化したいんだろ。ちゃんと主君も送ってやるから、先に行って出迎えてやれ」


 折れて刃毀れした剣を放り出し、足取り軽く先へ進む。突き当たりに不自然な床を見つけた。埃がない。拭き取ったばかりなのだろう。そこを炎で燃やした。焼け落ちた床の下に、立派な石造りの階段が現れる。一生使わないかも知れない逃走経路に、石段なんているか?


「無駄なことに金使ってるなぁ」


 感心しながらオレも階段を降りる。真っ暗な穴だが、上から時折照らされるので、足元がよく見えた。見上げて溜め息を吐く。


「燃えてるけど、まあいいか」

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