47.さっさと片付けて凱旋しようぜ

「っ、はぁ、もぅ、平気か?」


 肩で息をしながら確認すると、コボルトはすやすやと眠っていた。人間が使う魔術の治療と違い、対価はオレの魔力だ。そのため痛みが消えて、疲れから眠ったと推測できた。助かったことに安堵の息が漏れる。


「はぁ、疲れた」


 ごろんと寝転がるオレの上に、兎やら猫の魔獣が寄り添う。コボルトも同族を治したオレの足を温めるように、数匹で上によじ登った。重いが温かい。ドラゴンと空を飛んで冷えていた体が温もりに負け、瞼を下ろし始めた。ダメだ、このまま寝そう。


「私の! サクヤ、私の!!」


 興奮した様子で駆け寄った少女に抱き着かれ、オレは腹の中身が口から出そうな衝撃を受けた。いま、鳩尾に肘が入ったぞ……悶絶したあと起き上がると、泣きそうな顔のエイシェットに叱られた。


「私のなのに」


「……なんか、ごめん」


 よく分からないが、オレが謝るのが丸く収まると思う。リリィも理不尽だった。イヴは理性的なんだが、リリィやエイシェットは感情を優先するようだ。怒らせないように謝ったオレの膝に座り、嬉しそうに笑う。


「明日は最終戦だ。それまで休んでくれ。疲れてたりケガを隠してる仲間を見つけたら、連絡よろしくな」


 当事者は隠したがるもんだ。これは魔王討伐軍の時も同じだった。着いていきたい気持ちが昂ると、痛みや不調を感じにくくなる。騙しているつもりはなくても、周囲から見ると違いは歴然だった。その意味でしっかり周知徹底させ、不調があれば置いていくと言い切る。


「一緒に寝る」


「未婚女性の言葉としては問題あるが……いっか」


 欠伸をしたオレをカインが咥えて引っ張った。彼の上に上半身を乗せて転がる。腕を掴んでしがみつくエイシェットごと、アベルが体を被せてきた。フェンリル2匹に挟まれて寝るなんて贅沢だな。柔らかい毛皮を撫でるうちに、意識が遠のいた。



 寝覚めは予想よりすっきりしていた。隣のエイシェットが起き出した動きで目覚めたが、治癒で使った魔力も補充されたらしい。怠さや疲れは感じない。過去は魔力の制御ができなかったから、体調は疲れに左右された。今は魔力が尽きるまで自在に動けることを知り、作戦遂行の移動も楽だ。


「餌、とってくる」


 エイシェットは少女姿なのに、四つん這いで走っていった。人間のように礼儀作法うんぬん、堅苦しいことを言うつもりはないので見送る。ただ、尻尾を持ち上げると……いろいろ見えてしまうので注意しておくか。魔獣達を見回せば、半数は餌の確保に動いたらしい。オレが起きたのを確認し、カインが狩りに出た。


 魔物は知能が低いが、体力はある。人間を餌にすることも多いので、餌は足りているようだった。グロい光景を好むタイプじゃないから、積極的に様子を見に行くことはしない。ここまで血の臭いと悲鳴が届くのは、諦めた。


「瞬間湯沸かし器って、実際は瞬間じゃないよな」


 魔法を使うためにイメージを高めるものの、日本での記憶に文句をつける。鍋の中に熱湯を沸かした。今のイメージは電気ケトルだ。お陰で早く沸いた。そこへハーブを放り込み、残していた小麦粉を練ったうどんもどきを入れる。


 うどんと呼ぶには、コシが足りない。普通に練っただけの小麦粉なので、すいとんが近いか。祖母が作ってくれたっけ。懐かしく思いながら、肉の到着を待つ。


「捕まえた!」


 興奮しながらエイシェットが引きずってきた牛は、おそらく家畜だったのだろう。まだ生きているが、近くにいたコボルトが器用に皮を剥ぐ。肉を渡され、カットしながら鍋に入れた。味付けなんて求めるな。なんでも煮れば食える。戦場ならではの野性味溢れる料理だった。


 集まった魔族の連中と鍋の中身を平らげ、焼いた肉も尽きる頃……夜明けの光が左から差し込んだ。あちらが西だ。王都は正面!


「決戦だ! 終わったら美味い飯食おうぜ!!」

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