第26話 部室が使えない日

 ミス・ミスターコンは七月六日に開催されることが決定になったが仁はいつも通りのんびりといていた。


 元々コンテストに出て優勝などするつもりがなかったのだ。クラスの雰囲気に押しつぶされ拒否しようにも決定してしまったことから仕方なく引き受けることになったからだ。


 いつものように学校に登校すると教室内が騒々しかった。


 「おいおい、また転校生が来るらしいぜ」


 「えっ!?また来るのかよ!」


 「チラッと職員室見たけど外国人が二人いたぜ」


 「女か?」


 「いや、男だ」


 そう言うと男子達は舌打ちをし、女子でないことに不満を持っていた。


 「いいじゃねえかよ、どの道俺達のクラスに来るわけじゃねえんだからよ」


 「その外国人って金髪か?」


 転校生の話を遠くから聞いてた仁はクラスの中心にいるヤンキー風の男子に問うた。


 「なんだ、お前いたのかよ?金髪らしいぜ」


 「そうなんだ……」


 「女子だと思ってただろ?」


 「うん、男ってことはもしかして二人?」


 仁はヤンキー風の男子に問うた。するとその男子は「なんで知ってるんだよ?」と動揺し、仁に不信感を抱いた。


 「もしかしてさ、お前ってホモだろ?」


 そう、男子は仁が同性愛者ではないか疑ったのだ。当然、仁は否定する。


 エミリーの件といい、仁は誤解されやすい体質持ちなのだろう。本人もそれを一番に気にしており、誤解がきっかけで喧嘩しては問題視されることはよくあった。


 しかし、高校は義務教育ではないため変にトラブルを起こして退学にでもなれば人生詰んだようなものだ。


 いくら喧嘩っ早いとしてもむやみやたらに手を出すほど仁も幼稚な人間ではない。


 担任の教師が教室の扉をガラガラと開け教壇に立ち、それを見た生徒達は視線を一斉に教師に向ける。


 「みんな知っているかは分からないが今日から転校生がこのクラスにまた来ることになった」


 「外国人の男でしょ?」


 「そう、男子は女子が来ると期待してたかもしれんが男子だ」


 教師はそう言うと、一部の男子はわざとらしく「女子が良かったな〜」と嘆いていた。


 「入っていいぞ」


 すると、金髪の長めのリーゼントヘアにした外国人が教室に入ってきたのだ。


 「ちぃっす!俺、ジョニー友石。今日からお前らのクラスメイトになるからよろしくぅ!」


 ジョニーの自己紹介に顔を覆いながら仁は深くため息をつく。


 (まさかとは思ってたがジョニーか……、ってことはジョージの奴もこの学校に転校してきたってことだろうな、友石財団の権力を行使して無理矢理転校したのだろうな……)


 綾野家の親戚でもある友石家は財団を築いており、裏社会に政界、芸能界とも深い繋がりがあり、日本以外に海外でも多大な影響を与えているのだ。


 仁が当たり前のように44マグナムを持ち歩くことが可能なのは綾野家と友石家とパイプがあるからだ。


 当然、そのことは公にしていない。


 理由は、面倒ごとに巻き込まれたくないからだ。


 日本も最近までは一般人が銃を所持することは法律で禁止されていたのだが、日本には自信を護る術が素手で対応するしかないとのことだったのでアメリカのように銃を所持していいように改訂された。


 フルオートのアサルトライフルやハンドガンに関しては予めセミオートでしか発射出来ないように製造されていたりとアメリカの法律に則った範囲で行なっており、基本的に外に持ち歩くようではなく自宅で強盗に襲われなくていいようにする為の護身用として所持するのが目的とされているので、外に持ち歩いて発砲したりしていいのは警察官辺りだけだ。


 ただし、仁のように実弾ではなくゴム弾を装填した状態での持ち歩きは法律的にはグレーゾーンのようだ。


 いくらゴム弾とはいえ、当たりどころによれば殺傷能力があるのは間違いないのだが、仁は44マグナムの火薬の量を極限まで減らしている為、弾速は一三〇m/s程度にまで抑えられている。


 結婚できる年齢も男性は十八から十六に変更されたりと日本はどんどん変わろうとしていたのだ。


 昼休み、ジョニーは仁の方へと近づいた。ジョニーはニコニコとした表情で仁を食事に誘う。


 当然、仁は「めんどくせぇなぁ」と溜め息を吐きながらジョニーと一緒に食堂へと行った。


 食堂でジョニーは人気メニューを頼みそれを豪快に食し、仁はルーシーの手作り弁当をゆっくり味わっていた。


 「……で、ジョージは何処のクラスに行ったんだ?」


 仁はサングラス越しでジョニーに尋ねる。


 「あいつなら侑と同じクラスだったと思うぞ?なんかミスコンとかいう変な大会あるんだろ?」


 「ああ、めんどくせえことに俺も出ることになった」


 仁は食べながらジョニーにミス・ミスターコンに出場することを説明した。


 「てことはよ、革ジャンにリーゼントでばっちり決めるってことか?整髪料はポマードかグリースだよな?」


 「何言ってるんだよ?初期のビートルズじゃねえんだからするわけないだろ」


 ビートルズはメジャーデビュー時はスーツにマッシュルームカットとイギリス紳士っぽさを強調していたが実のところはジョンレノンはこの格好でデビューすることには反対だったらしい。


 まだメジャーでデビューする前はドイツのハンブルクで演奏をしており、革ジャンにリーゼントとロックンローラー的な服装をしていたのだ。


 しかし、ビートルズの名前を知っている一般人からしたら想像もつかないのは周知の事実だ。


 事実、七十年代に革ジャンにリーゼントでデビューしたバンドの某有名なボーカリストはビートルズイコールマッシュルームだと思っていたため、バンド仲間がそれを説明しても最初は信じていなかったようだ。


 「それによ、エルビスやらネオロカに憧れてリーゼントにしてるのなんてお前くらいだぜ?」


 「仁だって中学の頃は親父さんに勧められてリーゼントにしてたわけじゃん、あの頃はポマードじゃなくてワックスつけて整えてたけどさ、それがジョセフの奴がいなくなった途端、髪なんか下ろして……」


 「元々長めのリーゼントだったからな、髪が伸びるまで待つ必要もなかったから伸ばしといてよかったと思うよ」


 「ミスターコン、もし良ければ俺が代わりに出てもいいぜ?」


 ジョニーは冗談交じりに仁にそう言う。


 「できるならそうしたいがもうエントリー終了しているからムリゲーっぽい……」


 肩を竦めた仁を慰めるようにジョニーは仁の肩に手を乗せる。


 「そうかそうか、ダメなんだな……」


 どこか悲しそうな表情をしていたジョニーを見て、替え玉出場ができればいいのにと考えもしたがそもそも仁とジョニーでは体格が違いすぎるので即座にバレるのが目に見えていた。


 食事も終え、放課後になると仁は音楽室へと向かう。


 仲間達と音合わせしたくてしょうがなかったのだ。


 そう思っていた矢先、紫龍と悠野の二人が気まずそうに音楽室から出ていくのが見えた。


 「紫龍、悠野、どうしたんだ?」


 「ああ、仁か……音楽室なら先輩達が使ってるから今日の練習は無理だぜ」


 紫龍は視線を斜め下に逸らし、悔しそうにしていた。


 悠野も同様で、普段碌に練習に来ない人間が我が物顔で音楽室を独占していることに怒りを露わにしていたのが分かった。普段は温和で少々軽口を叩く悠野がだ。


 これは相当何かあるのだろうと仁は察した。


 「田河先輩が急に来てよ、最後の文化祭だからとアンプとドラムセット使わせてくれないから俺達今日何もすることなくてよ……そのうえ文化祭でやる曲も全部決められて俺達の出番は無しってことよ」


 「全く、今まで何で部室で練習してたんだろうな……」


 練習ができないのであれば仕方がない。仁も部室での練習を諦め帰ろうかとも思ったが、練習するチャンスがあると思ったその時だ。


 「よう仁、侑にどこいるか聞いたら音楽室にいるって言うから来たけど何しけたつらしてんだ――」


 「ジョニー、お前んちのスタジオで練習させてくれないか?」


 仁はジョニーに懇願する。


 「いいよ」


 そんな仁に慌てつつもあっさりと頷いた。


 「よし、ジョニーがスタジオ貸してくれるっつーから紫龍、悠野、行こうぜ」


 仁はそう言いながら強引にジョニーに頼み込み、紫龍と悠野を連れてジョニーの家へと向かった。


 ジョニーの家へと訪れた仁達はすぐさまジョニーにスタジオへと誘導された。


 仁にとっては久しぶりのスタジオであり、紫龍と悠野はポカンと口を開けたままスタジオに設置されている機材を眺めていた。


 「すげー!ジャズコだけじゃなくてマーシャルもあるじゃん!」


 「ドラムにキーボードと完備だな……」


 「このスタジオでCDだって作れるぜ」


 「「マジかよ!」」


 普通の家ではガレージなどをスタジオ代わりにというのはよくある光景だが、ここまで本格的なスタジオを自宅に置いているのは芸能人くらいだ。


 紫龍はジャズコに自慢のテレキャスを繋ぎ、悠野はドラムスティックを取り出しドラムセットに近づき、仁はマーシャルにランダムスターを繋げる。


 三人はテンションが高まり、早速演奏を始めた。


 青春している三人の光景を見たジョニーはどこか羨ましそうにしており、自身のギターをハードケースから取り出してもう一つのマーシャルに繋げアドリブを入れる。


 仁はジョニーのアドリブに負けじとギターソロを入れたりとジャムセッションが始まっていた。


 紫龍と悠野はそんな二人の演奏に見惚れてしまい手が止まっていた。


 しかし、仁とジョニーはドラムがない状態でもギターを弾き続け、世界観を広げていた。


 ジョニーはアメリカの大地を感じさせるナチュラルなトラディショナルロックサウンドを、仁は日本、アメリカ、イギリス、北欧、ドイツと言ったHR/HM系のサウンドをふんだんに取り入れたサウンドで主張していた。


 二人ともHR/HMを通っていただけのことはあるためか、ドライブ感の効いたサウンドを奏でている。


 七十~八十年代の海外と、九十年代の日本のサウンドが混ざり合うこの新鮮かつ斬新なサウンドはケミストリーなものを生み出していた。


 実質、七十~八十年代の海外のロックの演奏水準はかなり高く、神クラスと言っても多言でないほどに最高峰であり、九十年代の日本はまさに全盛期と言ってもいいレベルで素晴らしいグループを輩出していた。


 「オルタナティブ辺りが普及した九十年代の海外なんて最悪だよ。速弾きはダサいとかディストーションは……とか言い出してハードロックもテクニックも一気に廃れてしまった……」


 「九十年代の日本が異常すぎるんだよ。あんな化け物クラスのバンドばっかり輩出されたりと正直もう俺達が望むバンドとかは出てこないんじゃないのか?」


 「まあね、今はサウンドやテクニックなんかよりもおしゃれとか売れるなら音がクソでもいいみたいな感じだからな……」


 仁とジョニーの最近の音楽は~系の話題が始まり、紫龍と悠野は置いてけぼり感は益々強くなっていた。


 アニソンは好きだが今流行りのバンドサウンドは好みではなかった。


 バンドサウンドが廃れる一方でダンスミュージック系の音楽が普及している現在ではバンドは金がかかるのもまた事実だが、何だかんだで生演奏に勝るものはない。


 そう信じたいと心から思っていた。

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