第25話 地獄のような毎日から抜け出したい

 仁は昔のことを思い出していた。



 幼稚園の頃、親の都合で福岡から東京へと引っ越し、慣れない街、風景、慣れない標準語に不安を感じていたのだ。


 小学校に入ると周りの児童達は仁の九州弁を面白おかしく揶揄い、仁には友達と呼べる人物ができなかった。


 当然、仁は揶揄われたことで児童達に暴力を振るったりしたことで周りからは問題児扱いされ、教師からも見放される始末だ。


 その一件から仁は児童達の親から「あの子は危険だから遊んじゃダメ」と言われ仲間外れにされることもあった。


 仮に誘われたとしても「今日は出かける予定が出来たからと」ドタキャンされ、結局はどこにも出かけなかったりと酷いものだ。


 そんな仁にとって、生きるということは死にたいと思うほど地獄だった。


 学校が終わり、下を向いて家に帰っているともう一人、金髪碧眼の少年も下を向いていた。


 「君も友達がいないの?」


 「…………」


 仁はその少年に声をかけるも少年は俯いたまま沈黙としていた。


 「僕の髪と瞳はみんなと色が違うだろ?それを珍しがって揶揄う奴らがいるからぶちのめしたら一気に悪者扱いされたんだ……」


 少年の瞳は光を失っており、仁はその少年に共感していた。


 「俺もこの方言のせいで結構にやがった奴がおってくさ、揶揄われるとよ」


 「関西弁とかだと揶揄われないのにね、酷い話だよ……」


 「ねぇ、君の名前はなんて言うとね?俺は仁、坂本仁て言うとよ」


 「………丈、日本名では綾野丈。本名はジョセフ・ジョーンズって言うみたい」


 丈と名乗る少年はボソボソと仁に名前を教え、自分が日本人ではないかのような発言をする。


 「丈って外国人ね?」


 「北欧系アメリカ人になるんだけど一応日本国籍は取得してるから実質日本人だけどね……。それを説明しても誰も理解してくれなくて……」


 「なぁ、せっかくやし俺ん家に来んね。もっと丈の話聞かせてばい」


 「えっ、僕みたいなのでいいの?」


 「何ば言いよっとね?俺達もう友達やんね?」


 仁は丈の手を掴み強引に自宅へと連れて行く。


 初めてできた友達を親に紹介したくてわくわくしていたのだ。


 自分とよく似た境遇で中々環境に溶け込まず、憂鬱としていた毎日に光が差し込むような気がしていたのだろう。


 そんな小学一年生であったのだ。


 月日が経つにつれ、仁と丈はつるむようになり、いいことも悪いこともいっぱい体験していった。


 学校で問題を起こせばお互い庇いあったり、反抗したり、仁にとって丈は悪友でもあり、親友でもあった。


 小学六年生の頃、仁と丈のクラスに二人の留学生がやって来たのだ。


 二人の少女はとても眩しく、小学生でありながら周囲を虜にする妖艶な美貌を持ち合わせていた。


 絶世の美女と言うべきであろうか、仁にとってこの二人との出会いは運命的であり、人生を変える要因となったことに違いはないのだろう。この頃の仁にはそれを考える知恵も余裕もなかった。


 「……メイです。よろしくお願いします」


 「エミリー・メイです……」


 仁は欠伸をしていたからなのか最初の少女の名前を聞きそびれてしまった。


 名前を聞きそびれた少女は仁の隣席に無言で座る。


 (何だこの子、感じ悪そうやねぇ……)


 少女はじっと仁のことを見つめ、それに気づいた仁は見つめ返すと少女は顔を赤らめながら視線を逸らした。


 二人の留学生が来てからはまた違う毎日であり、仁が異性で交流を持っているのは丈の義理の妹の侑のみであり、二人の留学生とも交流が深まる。丈は特にエミリーと仲が良く、放課後は二人っきりで帰ったりととても仲が良かった。


 エミリーはアニメが好きだったことから丈の家でアニメ観賞をしたりと親睦を深めており、結婚の約束までしてしまう程だ。


 仁ももう一人の少女と一緒に学校に通ったり遊んだりしており、お互いあっても視線を逸らし合ったりと初心な関係だ。


 「……ねぇ、あなたって好きな人とかいないの?」


 登校中、少女は仁に問うた。仁は当然のように「アニメの女の子以外に興味はない」と豪語し、少女は溜め息を吐き肩を竦める。


 (この子、もしかして俺に気があるとやかね?)


 「私は仁のこと、ちょっとは好きかな…………」


 頬を赤らめながら少女は仁にそう言う。


 「俺、そげんよか顔しとらんばい?」


 「そんなことないわよ、あなたは自分でそう言っているだけで結構可愛らしい顔してて私は好みよ」


 少女は何の躊躇いもなく仁に好意を寄せていることを伝え、仁は気が動転していた。


 初めて自分に「好き」だと言ってくれた相手がいたことに仁は驚いていた。金髪に碧眼の少女に好意を寄せられていたなんてご都合主義展開が訪れた現実を割り切れてはいなかったものの、仁は嬉しい気持ちでいっぱいだった。


 「いつから俺のこと好きだったの?」


 仁は真顔で少女に好きになった経緯を問うた。少女はもじもじしながらボソボソと言っててよく聞き取れなかった。


 「…………から」


 「ごめん、なんて言ったの?」


 「初めて見た時から……この人しかいないって思ったの」


 少女は仁に運命的なものを感じていたのだろう。呑気な仁からしたらなどというものに関心はなく、信じる気にもならなかっただろう。


 月日も経ち、季節は春へと変わり小学校は卒業式を迎えていた。


 卒業式が終わり、仁と少女は桜が咲いている木の下で二人っきりになっていた。


 二人の表情はどこか切なく、少女は涙を流していた。


 「あのね……私、イギリスに帰ることは知っているよね?」


 「そういえば言っていたね、もう……俺達会えないかもしれないね」


 「絶対会えるよ、会える……っから、そんなこと言わないで」


 仁の言葉に悲しみ、少女は仁に抱きつき離れようとはしなかった。鈍感な仁も少女と別れたくなかったのか力いっぱい抱きしめる。


 「だからね、仁……私達、またいつか会えたら……けっ、けっ……こん、しよう……」


 自信気のない声で少女は結婚の約束をする。


 「うん、俺も君となら結婚したいと思っている……」


 「愛してるわ、仁」


 「俺も愛してるよ……」


 二人は口づけを交わした。別れの時間はすぐに訪れ、この思いを胸に仁は中学へと進級した。


 仁は少女との約束を胸中に留めながらも、新しい環境に再び溶け込めずにいた。


 丈と仁は中学では虐めの標的にされ、教師からも目をつけられていた。


 事あるごとに二人は濡れ衣を着せられたり物を隠されたりと地獄のような毎日に戻っていた。


 二人の留学生がいた頃はとても楽しく、嫌なことがあってもすぐに吹き飛んでいたが今は彼女達はいない。


 そう思っていた時に同級生の女子が仁に告白をする。


 そして、断る理由もなかったので取り敢えず付き合うことにしたのだがその選択も間違いであった。


 土曜に女子と遊びに行ったのだが、公園で「目を閉じて」と言われそのままいう通りにしたらいじめっ子の同級生たちが集まり、仁を嘲笑っていた。


 「お前、本当に好きになってくれたとでも思ったのか?」


 「きゃははは、マジでウケるんだけど」


 いじめっ子の男子達は指さしたり、お腹を押さえながら高笑う。


 「本当にあれは嘘なのか?」


 「嘘に決まってるじゃん、あんたみたいなキモオタに好意を寄せる女の子なんてこの世にいたとしたらそいつは相当頭がおかしいと思うよ?」


 女子の言い放った言葉に仁はどこかプッツンと来たのだ。


 仁は拳を握り締め、地面を蹴り上げ鬼気迫る表情で女子に殴りかかる。


 小学生の頃に自分に好意を寄せてくれたあの少女のことを思い出したのだろう。仁はその少女をも侮辱されたと思い、我慢できずにいた。


 喧嘩は弱かったが怒りが頂点に達したことで力は何十倍にも跳ね上がり、女子の顔面を殴った際、鈍い音が聞こえてきた。


 殴った衝撃で女子は勢いよく吹き飛び地面に叩きつけられる。


 それを見たいじめっ子の男子達は「てめぇ、よくも!」と仁に怒鳴りつける。


 「よくそんなことが言えるものだな……俺のマブダチを侮辱しておいて虫が良すぎるぞ?ジャ○○共!」


 聞き覚えのある声だと思い振り向くとそこには丈がいた。


 どうやら後からつけていたようだ。丈は中学に入り始めてから髪を伸ばすようになり、虐められていたこともあり不登校になっていた。学校に行っていない間はギターを弾いたり格闘家の試合の映像を見ながら体を鍛えたりとしていたのか同じ身長なのに一回り以上大きく見えた。


 「あの野郎もぶち殺せ!」


 いじめっ子の男子達は仁と丈に襲い掛かり、丈は俊敏な動きで相手を驚かせる。その動きはボクシングのフットワークを活かした動きかと思えば、空手に使われる正拳突きうやジークンドーの技の一種のチェーンパンチにフィンガージャブ、ワンインチパンチ等を繰り出した。


 当然、いじめっ子たちは丈の攻撃により気絶し、報復を終えた丈は心に傷を負った仁の肩に手を乗せ、「仁、飯でも食おうぜ」と食事に誘った。


 そこはいつも仁と丈が通い詰めていたラーメン屋で、そのラーメンの味はいつもより格段に美味しく感じていた。


 涙のあまり、手が止まるが丈は仁を励ます。


 「……そうか、あのジャ○○共はお前だけじゃなく、あの子のことまで……」


 「丈が尾行していなかったら俺はあの女を殺していたかもしれん……」


 仁は顔を俯かせ、「そんなことは俺がさせない」と自信に満ち溢れた声で言う。


 それからというも、丈は仁の身に何かあれば必ずその相手に報復を与えていた。場合によっては過剰なまでにえげつなかったりなどしていたが仁はそんな丈にあこがれを抱きつつも劣等感を抱いていた。


 丈はいじめが原因で強くなる努力をし、プロの格闘家を含めた不良十人相手でも無傷に勝利できるほど強くなり、絵にかいたようなラノベ主人公のような存在へと変わっていたからだ。


 それに比べ仁は何も変わることができず、そんな丈のようなカッコいい主人公のような人物になれないことが悔しくてしょうがなかった。




 「なんだかんだで、俺の人生って本当に地獄のような毎日だよな……」


 過去の出来事を思い出しながら仁はノートパソコンの電源を入れ、液晶タブレットにイラストを描き始めていた。


 親友の丈が異世界で出会った美少女達とハーレムしているイラストだ。


 「侑の小説の挿絵、今日中には仕上げないとな……これを描けば締め切りに間に合うぞ」


 仁は学生をしている傍ら、丈の義妹である侑の専属イラストレーターも兼業していた。


 中学までは紙にイラストを描いていたのだが、中学卒業祝いにと両親から液晶タブレットをプレゼントされてからはデジタルイラストに挑戦している。


 最初は使い方もよく分からず、紙で描いている時よりも時間がかかっていたのだが現在では紙で描くよりも速い。


 「よし、あとは丈の髪の色を塗れば終わりだ。ラストスパートというわけで根性入れて終わらせるぜ!」

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