第48話 言えないよ。

 5月28日。



 翌日の放課後。美佐子さんと話をする為、学校近くのカフェを訪れていた。


「昨日は、ごめんね? 話の続きをするって約束してたのに、すっぽかしちゃって」


 そう言って、目の前の席に腰掛けた美佐子さんに、頭を下げる。


「やめてくれ。別に構わねーよ、それくらい。何か外せない用事でも、あったんだろ?」


「うん。そう言って貰えると、助かるよ。……でも一応、そのお詫びってわけでもないけどここは俺が奢るから、好きなものを頼んでいいよ」


「……じゃあ、このケーキ食べてもいいか?」


「もちろん。好きなだけ頼んで」


 遠慮がちにこちらを見る美佐子さんに、軽く笑ってそう答える。


 昨日はあれから、夕方ごろに大荷物を持った莉音がやって来て、また一悶着あった。それで結局、莉音とも同居することになったのだが、色々あったせいで美佐子さんとの約束を忘れてしまっていた。


 だから今日はこうして、美佐子さんにカフェまで足を運んでもらった。ここでなら見回りの教員に邪魔をされる心配もないし、思う存分話をすることができる。


「ところで、美佐子さん。あれから調子はどう?」


 運ばれて来た紅茶に口をつけてから、そう尋ねる。


「どうって何の……いや、そうか。別に問題ねーよ。あんたのお陰で、キーホルダーも戻ってきたし、あいつらも大人しくしてる。……ほんと、ありがとな」


「いいよ、あれくらい。……でも、また彼女たちが誰かをいじめるようなら、教えて欲しい」


「そりゃ別に構わねーけど、随分と優しいんだな」


「……そうじゃないよ。ただ、もしかしたら彼女たちも、無関係じゃないかもしれないからね」


 可能性としては低いけど、彼女たちのところにも神が現れた可能性がある。なら、気をつけておくに越したことはない。


「……なあ。私からも、1つ聞いてもいいか?」


「構わないよ。なに?」


「…………」


 美佐子さんはそこで少し黙り込み、何かを誤魔化すように運ばれて来たチョコケーキに口をつける。


「……冬乃江 紗耶。あいつ……いや、あの子はずっと学校を休んでるけど、あんたは何か知ってるのか?」


「知ってはいるよ。……というか美佐子さんは、担任の先生から何か聞いたりしてないの?」


「私はただ、体調不良だってことしか聞いてねーよ」


「体調不良、ね」


 実は今朝も学校に行く前、紗耶ちゃんの家を訪ねてみた。けれどやっぱり誰も居なくて、紗耶ちゃんの両親と会うことはできなかった。


 それなのに紗耶ちゃんは、ただの体調不良だということになっている。無論、俺や紗耶ちゃんは学校に連絡なんてしていない。


 ……となると、誰かが騒ぎにならないよう、手を回しているということになる。けどその誰かに、心当たりはない。それが少し、不気味だった。


「まあでも、紗耶ちゃんは元気にしてるよ」


「……そうか。あんたがそう言うなら、安心できる」


 美佐子さんは本当に安心したと言うように、息を吐く。


「それでさ、美佐子さん。その紗耶ちゃんについてもう少し詳しく聞きたいんだけど、いいかな?」


「ああ。その為に、私を呼んだんだろ?」


 美佐子さんは笑う。だから俺は、言葉を続ける。


「まずは確認しておきたいんだけど、君の前に現れた神は……本当に、紗耶ちゃんだったの?」


「……そうだよ。見間違えるわけがない。あれはどこからどう見ても、真っ赤な目をした冬乃江 紗耶だった」


「じゃあ、その紗耶ちゃんが君のおばあちゃんを助ける代わりに、自分をいじめてくれと言った。そこも、間違いない?」


「ああ。それも間違いない。あいつは確かに、自分をいじめろと言ったよ。……こっちが身震いするくらい、楽しそうな笑みを浮かべてな」


 美佐子さんはその時の恐怖を思い出したのか、声が僅かに震えている。


「ごめんね、嫌なことを思い出させて」


「構わねーよ、これくらい。……つーか、まだ聞きたいことがあるんだろ? だったら遠慮せず言えよ。あんたは一応、私を助けてくれた恩人なんだからさ」


「そう言ってもらえると、助かるよ。……じゃあ次に、どうして紗耶ちゃんが自分をいじめろなんて言ってきたのか。その理由に、心当たりはある?」


「いいや、全く分からねーよ。……でも少なくともクラスでのあいつは、いじめを本気で嫌がっているようにしか見えなかった」


「なら、途中でやめようとは思わなかったの?」


 俺は真っ直ぐに、美佐子さんを見る。すると美佐子さんは言い淀むように視線を逸らして、そのまま空を見上げながら言葉を返す。


「……思わなかったよ。寧ろ逆に、もっとやらなきゃって思うようになった。……いや、そうじゃない。それがまるで自分の意思みたいに、私はいじめという行為に没頭していった。……ほんと、最低だよ」


 美佐子さんは苦虫でも噛み潰したような顔で、そう吐き捨てる。


「気に病むな……とは言えないけど、背追い込む必要はないよ。紗耶ちゃんが本当に神なら、逆らえないのは当然だから」


「そんなの、言い訳にはならねーよ」


「……そっか。君がそう言うなら、もう何も言わないよ」


 理由はどうあれ、美佐子さんは紗耶ちゃんをいじめていた。その事実は、もう変えることはできない。なら、その事実をどう受け止めるか決めるのは、美佐子さんの問題だ。今さら俺が、とやかく言うことではない。


「ならさ、美佐子さん。紗耶ちゃんをいじめるのをやめたらどうなるかとか、聞いてない? というか、今だっていじめをやめてるけど、何か変なこととかあったりしない?」


 俺がループするようになってから、毎回、紗耶ちゃんを助けてきた。その行為が間違っているとは思わないけど、そのせいで美佐子さんは神との約束を守れなくなった。



 だから彼女は、自殺してしまった。



 そういう可能性も、あるかもしれない。


「……いや、その辺は何も聞いてねーよ。そもそも、約束を破る気なんてなかったしな。それに、変なことって言われても……あんたと紗耶のこと以外じゃ、特に何もねーよ」


「そっか。なら……って、もう結構いい時間だな。いくら見回りの先生が来ないからって、あんまり遅くなるわけにもいかないな。んじゃ、今日はそろそろお開きにしようか」


 紗耶ちゃんたちには、今日は遅くなると伝えてある。けど、あんまり遅くなると、また前のように怒られてしまう。


「私は別に構わないけど、あんたがそう言うなら、今日はこの辺りにしておくか」


「うん。付き合わせて悪かったね。……あ、そうだ。最後にもう1つだけ、訊いてもいい?」


「なんだよ? まだなんかあんのか」


「大したことじゃないよ。……ただ、美佐子さん。このメモ帳に見覚えある?」


 そう言って、あのメモ帳を美佐子さんに見せる。俺と関わりのある女の子のところには、大抵このメモ帳が置かれていた。だからもしかしたら、美佐子さんのところにもこれが置かれていたかもしれない。



 そう思い、昨日クロの枕元に置かれていたメモ帳を、美佐子さんに見せる。



「……いいや。初めて見るメモ帳だな。それがどうかしたのか?」


 けれど美佐子さんは、首を横に振る。どうやら心当たりは、ないようだ。


「いや、知らないなら知らないでいいんだ。手間を取らせて、悪かったね。……じゃあ、帰ろうか」


 そうして会計を済ませて、カフェを出る。すると辺りはもう、すっかり暗くなっていた。


「美佐子さんって、家遠い?」


「いや……って、別に送る必要はねーよ。私の家は、すぐそこだからな」


「そっか。なら、俺はもういくよ。今日は付き合ってくれて、ありがとね」


「こっちこそ、ケーキご馳走さま。……美味しかったよ」


 そんな美佐子さんの言葉に片手を上げて返事をして、早足に帰路に着く。








「……あんなメモの内容、言えるわけねーだろ」


 だからそんな美佐子さんの言葉は、俺の耳に届くことはなかった。


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