第47話 分からない。
「どういうことなのか、説明してくれるわよね?」
綺麗な金髪をなびかせた莉音は、いつもの10倍鋭い目でそう言った。
汐見さんからの電話を受けて、紗耶ちゃんと一緒に急いで家まで帰って来た。
莉音が俺を出せと言って、暴れている。
汐見さんが言ったその状況は、狂気に飲まれた紗耶ちゃんがうちを訪ねて来た時と、同じ状況だった。だからもしかしたら莉音も、あの狂気に飲み込まれているのかもしれない。そう考え、必死になって家まで帰ってきた。
けど……。
「…………」
リビングのソファに座った莉音に、視線を向ける。
「なによ? なんとか言ったらどうなの?」
どこをどう見ても、莉音が狂気に飲まれているようには見えない。そして莉音の隣に腰掛けた汐見さんも、怪我をしている様子はない。
「なあ、莉音。先に1つ聞いておきたいんだけど、どうしてお前はうちに来たんだ?」
「……別に。大した理由はないわ。この前、偶然会って話をしたでしょ? それでなんていうか……また一緒に喋りたいなって、思ったのよ。だからこうして、あんたの家に来たの」
「それなら、電話くらいしてくれればよかったのに」
「分かってるわよ。いきなり訪ねたのは、悪いと思ってる。そのことについては、後でいくらでも謝るわ。でも今はそんなことより、この状況を説明して」
莉音はそう言って、ソファに座った汐見さんと紗耶ちゃんの方に視線を向ける。
「どうして奈恵さんが、あんたの家にいるの? そっちの子は、誰? あんた前に、今は1人で住んでるって言ってたわよね? あれは、嘘なの?」
「…………」
そう問われて、考える。今の状況を、一体どう説明したものかと。
確か前にも、同じような状況になった筈だ。けどその時はろくな説明をすることができなくて、結局……莉音を泣かせてしまった。そして今の状況は、あの時よりずっと複雑になっている。
記憶喪失の女の子が、どうしてか俺のことをお兄ちゃんと呼んでいて、その子と一緒に暮らしている。
神について何も知らないであろう莉音に、この状況をどう説明すればいいんだ?
「…………」
助けを求めるように、汐見さんの方に視線を向ける。すると汐見さんは、任せろと言うようにウインクをして、ゆっくりと立ち上がる。
「紗耶ちゃん。お兄ちゃんは今から大切な話があるみたいだから、向こうの部屋で一緒にゲームでもしてようか?」
「……私はお兄ちゃんと、一緒にいる」
「わがまま言っちゃダメだよ? 紗耶ちゃん。そんなんだと、お兄ちゃんに嫌われちゃうよ? ……それにあんまりわがまま言うようだったら、昨日のあのことお兄ちゃんに言っちゃおうかな」
「昨日の? なんの話だ?」
汐見さんのその言葉に心当たりがなくて、思わずそう口を挟む。
「くふっ。実は昨日ね、未白くんが学校に行ってる時、紗耶ちゃんが未白くんの枕を──」
「それは言っちゃダメ! ……分かった。向こうの部屋に行くんでしょ? なら早く、行こ!」
「あははは。そんなに押さなくても、大丈夫。ボクは秘密は守る女だからね」
そうして汐見さんと紗耶ちゃんは、リビングをあとにする。……というか、別に莉音と2人きりにして欲しかったわけではないのだが、今さら言っても仕方ない。
「……で? 結局あの2人は、何なの?」
「……分かった。ちゃんと話すよ」
ここで莉音に嘘をついても、仕方ない。……というか、この状況を見られてしまった以上、嘘をついても本当のことを言って大して変わらない。
だから俺は、今回のループで起こった不可解なことを、正直に莉音に伝える。……まあ、いきなり神のことやループのことを話しても困惑するだけだろうから、その辺は省略してだけど。
「……なるほどね」
俺の話を一通り聞き終わったあと、莉音は真剣な顔でこちらを見る。
「つまり今のあんたは、後輩の女の子が記憶喪失になって、その子にお兄ちゃんって慕われてる。それで、色々あってその子の面倒を見ることになって、1人じゃ厳しいから奈恵さんを呼んだ。ざっとまとめると、そんなところ?」
「概ね、その通りだ」
……色々と、都合よく解釈しているところはあるが。
「……どうして……なのよ……」
「ん? ごめん、莉音。今、なんて言った?」
「どうしてあたしじゃなくて、奈恵さんに頼るのよ!」
「……は?」
莉音の言葉はあまりに想定外で、俺は驚いたように目を見開く。
……いや、違う。俺は、分かっていた筈だ。莉音が俺のことを、どう思っているのか。彼女の孤独が、一体なにに根ざしているのか。俺は初めから、分かっていた筈だ。
「ごめん、莉音。先にお前に、頼るべきだったな」
だから俺はそう言って、素直に頭を下げる。
「……別にいいわよ。そもそもあたしには、関係ないことだしね」
「……拗ねてる?」
「拗ねてなんかない!」
莉音は怒ったように、勢いよく立ち上がる。
「決めた! あたしも今日から、ここに住む!」
「いや、待て待て待て! そんなこと急に言われても──」
「奈恵さんがよくて、あたしがダメな理由があるの?」
「それは……」
「じゃあいいでしょ! あたし、もう決めたから! それじゃ、荷物とか持って来るから待ってなさい!」
「あ、ちょっ、待っ──」
俺が言葉を言い切る前に、莉音は凄い勢いで部屋から出て行ってしまう。
「……まあ、いっか」
でもよくよく考えれば、莉音を拒絶する理由なんてどこにもない。莉音が抱えている、孤独。それを癒すのも、俺の目的の1つだ。だから同じ家で暮らせるのなら、それに越したことはない。
「……あれ? でも思えば、俺はこれから何をすればいいんだ?」
いやそもそも、どうすればあさひに勝てるのか。その明確な条件は、初めから提示されていない。クロと同化すれば、俺の負け。それは初めから、はっきりしている。
でもどうすれば、俺の勝ちになるんだ?
あさひを殺しても俺の勝ちにはならないと、ついさっきあさひと話したばかりだ。そして仮に、紗耶ちゃんの記憶が戻って、莉音の孤独を癒して、汐見さんの秘密を暴いて、美佐子さんの自殺を食い止めたとする。
それで俺の、勝ちになるのか?
それで本当に、あのあさひが俺から手を引いてくれるのか?
「…………」
ずっと目の前の問題に翻弄されてきた俺は、そんな初歩的なことに気がついていなかった。
「いや、違う。何か……何か、見落としてる」
何かとても大切なことに、気がついていない気がする。或いはあさひはそれを確認する為に、今日ああして姿を現したのかもしれない。
でもその何かが、どうしても分からない。
「あの、メモのことか……? いや、あれもきっとイレギュラーなんだろうけど、もっと何か……」
そうやってしばらく、頭を悩ませ続ける。……けど結局、答えは出せない。いくら考えても、あと一歩届かない。
「紗耶ちゃんと莉音のところに、行くか」
思考を切り替えるようにそう呟いて、立ち上がる。
「いや、その前にクロの様子でも見ておくか」
けど途中でそう考え直し、自室に向いていた足をクロの部屋の方に向け、扉を開ける。
「……やっぱりまだ、眠ったままか……」
クロは依然、眠ったままだ。あさひの言葉が嘘でないなら、今こうして眠っている間も、クロの力は増していっているということになる。
「……そうは見えないんだけどな」
クロの頭を優しく撫でて……ふと、気がつく。
「……またかよ」
クロの枕元に、あのメモ帳が置かれていた。そしてそこにはたった一言、子供が書いたような文字で……こう書かれていた。
『ごめんなさい』
無論、俺にはその言葉の意味なんて、分かる筈もなかった。
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