第29話 始めようか。
5月24日。
「この馬鹿者がっ!」
そんな叫び声で、目を覚ます。
「……痛っ」
痛む頭を押さえて、意味もなく辺りを見渡す。
前後の記憶が、曖昧だ。昨日どうやってベッドに入って、いつの間に眠ったのか。何も思い出せない。けれど何か──。
「……いや、また戻って来たのか」
そこでようやく、気がつく。前回の俺はあさひに殺されて、また戻ってきてしまったのだと。
「またではない! この馬鹿め!」
そう叫んだクロが、思い切り俺の身体を抱きしめる。クロの身体は温かで柔らかで、とても気持ちいい。……でもどうしてクロが、こんなに怒っているのか。俺にはそれが、分からない。
「なあ、クロ。どうしてお前、そんなに怒ってるんだ?」
「何を言うておる。目の前で未白が、殺されたのだぞ? 我が怒らんわけがなかろう!」
「それは確かにそうだけど……。でもこうしてまた、戻ってこれた。だからそんなに怒らなくても──」
「馬鹿者! それでも殺された時の痛みや苦しみが、消えるわけではないではないか! ……我は目の前で未白が殺されて、悔しくて悲しくてどうにかなりそうだったのだぞ?」
「…………」
それでも俺はもう何度も死んでるんだから、そんなに騒ぐことじゃないだろ?
そんな言葉が、頭を過ぎる。……けど思えば俺も、クロの死体を見つけた時は同じように取り乱した。そして今のクロと同じように、こうやってクロに抱きついたんだった。
なら今は、俺がクロを慰めてやる番だろう。……というより、あの結末は俺の浅慮が招いたものだ。だったらまずは偉そうなことを言う前に、謝るべきだろう。
「ごめんな、クロ。俺の考えが足りなかったせいで、嫌なものを見せて」
「……よい。それより、我の頭を撫でてくれ。お前が目の前で殺されて、我は凄く……悲しかったのだ」
「……いつもありがとな、クロ」
優しくクロの頭を撫でてやる。するとクロは、気持ちよさそうに身体から力を抜く。
「……なあ、クロ。あさひの話、覚えてるか?」
「代償のことか?」
「ああ。あさひが言ってた、ループする代償は神になることだっていう、あの話。あれ、本当だと思うか?」
俺に自覚がないだけで、俺はもう随分と神に近づいている。確かあさひは、そんなことを言っていた。
だったらこうしてループした今は、前よりもっと神に近づいたということになる。けれど今の俺には、その自覚がない。俺は今も俺のままで、こうやって抱きしめたクロもまたクロのままだ。
「……気に入らんが、間違っておるとは思わん」
「そんなに俺は、変わったか?」
「…………」
クロは俺の質問には答えず、少し悔しがるような表情で、俺の瞳を見つめる。
「もっと早くに、気がつくべきだった。我もお前も、どんだ間抜けだな」
「何だよ、それ。どういう意味だよ?」
「……どうして我まで、前回のループの時のことを覚えていると思う? 前までの我は、お前の頭の中を読まなければ分からんかったのに……」
「それは……言われてみると、確かにそうだ。そもそもクロは一度殺されて弱ってて、俺の頭の中を見ることもできなくなってた筈だ。……なのにこうして覚えてるってことは、俺との同化が進んでるってことなのか?」
「おそらく、そうなのだろうな。……正直、あまり気分のいいものではないな」
「確かにそれは、そうかもな。……クロと1つになるなんて、考えただけでゾッとする」
「その言い方は、ちょっとムカつくな」
頬をつねられる。……痛い。
「……悪かったから、つねるのはやめてくれ」
「お前はほんと、乙女心が分からん奴だ。……まあよい。それでこれから、どうするつもりなのだ?」
そう問われて、少し頭を悩ませる。
あさひは言った。4人の女の子を助けて幸せになれば、俺の勝ちだと。まあ、あさひがその約束を守るかは分からないが、今はその言葉を信じるしかない。……けどその4人は、皆んな簡単ではない問題を抱えている。
紗耶ちゃんは理由はどうあれ、俺を監禁して殺してしまうほどの狂気を胸に秘めている。莉音は昔から、俺に好意を寄せてくれているみたいだが、その好意は何か深い孤独に裏打ちされたものだ。
汐見さんは、俺が苦しむ姿を見たいという変な性癖を患っている。……けど実際、それが本当かどうかも分からない。そもそも彼女はまだ何か、秘密を隠しているようだった。
そして最後に、紗耶ちゃんをいじめていた美佐子さん。彼女は紗耶ちゃんに変わっていじめられることになり、最後は自殺してしまうくらい追い詰められてしまう。
俺はそんな闇を抱えた4人を、救わなければならない。
……しかも1人にかかりきりになると、他の子が自殺したりして、取り返しのつかないことになる。それにクロを放ったらかしにすると、弱ってシロに殺されてしまう。
「……正直、1回や2回のループでどうにかなるとは、思えないな……」
それが素直な、感想だった。
「何を言うておる、馬鹿者め。やる前からそんな弱気で、どうする?」
「別に、弱気ってわけじゃないよ。俺はただ、正しい状況判断をしてるだけだ」
「正しさを前にして腰が引けるくらいなら、正しさなぞ必要ない。大事を成すのに必要なのは、決して折れない強い信念。それだけだ」
「……それはまあ、そうかもな。でも、大丈夫。腰が引けてるわけじゃないから。……それに、お前と一体化してしまったら、こうやって抱きしめてやることもできなくなるだろ?」
そう言って、かっこよく笑ってみせる。クロはそんな俺を見て、呆れたように息を吐く。
「お前は頼りになるんだかならないんだか、分からん奴だな。……まあよい。お前が頑張ると言うなら、我はそれを信じよう」
クロはぎゅっと強く俺を抱きしめて、ゆっくりと俺から手を離す。
「だが、あの小娘……あさひとあの気に食わん神が裏で糸を引いている以上、お前だけでは手に余るだろう。故、今回からは我も手を貸してやる!」
クロは胸を張るようにそう言って、駆け足で部屋から出て行ってしまう。
「……あいつ、何をする気だ」
クロが手を貸してくれるのは、正直かなりありがたい。……けど、悪戯にクロに神の力を使わせるわけにもいかないし、それに何より今のクロは──。
「どうだ! 似合うだろ?」
俺の考えを遮るように、そんな声が響く。そして見慣れた服に着替えてきたクロが、その服を見せびらかすようにくるくると回ってみせる。
「……それ、いつの間に準備してたんだよ」
「実は我、ずっと前から思っていたのだ。一度、未白と一緒に学校に通ってみたいと。……どうだ? 似合っておるだろ?」
俺の通う高校の制服を着たクロは、楽しそうに笑ってみせる。
そうしてここから、俺とクロの長く苦しい戦いが始まった。
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