第28話 バイバイ。



「──わたしはね、兄さんに神様になって欲しいの。そしたらわたしと兄さんで、ずっとずっと一緒にいられるでしょ?」



 そのあさひの言葉を聞いて、俺は思わず口を閉じてしまう。


「…………」


 意味が分からない。お前は何を言ってるんだ。正気じゃない。


 そんな言葉で、あさひの狂気を否定したい。……でも残念ながら、俺は知っている。



 人は、神になれるのだと。



 あさひは、久折の人間を皆殺しにしてくれという俺の願いを止める為に、シロに願った。そしてその代償で、神であるシロと一体化してしまった。


 それだけ聞けば、悪いのは全て俺のように聞こえる。……いや、事実それは間違いではない。でもだからって、あさひが被害者ということにはならない。


 そもそも、俺が久折の人間を皆殺しにしてくれと願ったことから、全てあさひの手のひらの上だった。そうなるよう俺を誘導し、要らない人間を全て殺して、残るのは俺とあさひだけ。



 それがずっと前から企てられていた、あさひの計画だった。



 ……けれどあさひの唯一の誤算は、俺自身も死のうとしたこと。それだけはあさひも想定外で、だからあさひは神に願わざるを得なくなった。



 その結果が、今のあさひ。



 神と一体化したことにより、髪の色も目の色も変わって、そして身体の成長が……止まってしまった。きっとあさひは、100年経っても1000年経ってもこのままだ。神と一体化するということは、そういうことだ。



「……あさひ。つまりループする代償は、俺とクロが一体化するってことなのか?」


 ずっと分からなかったループの代償。それが今のあさひのように成り果てるということなら、それだけは絶対に避けなければならない。


「その通りだよ、兄さん。兄さんが死んで繰り返せば繰り返すほど、わたしと同じになっていく。不潔なそこの変態神と兄さんが1つになるのは嫌だけど、それもいずれわたしがどうにかしてあげる」


「……おい、小娘。未白は我の力を使って、ループしているのだぞ? なのにどうして、その代償をお前が知っている?」


 さっきまでとは比べものにならないくらい冷たい目で、クロがあさひを睨む。


「やっぱり馬鹿だね、この神は。決まってるじゃない。わたしがそうなるよう、仕向けたのよ。なんせ今のわたしは、神なんだから」


「……なら、未白があの娘……紗耶に殺されるところから、お前の計画なのか?」


「ふふっ。そうよ、決まってるじゃない。そうじゃなきゃ、普通の生活をしてるだけで、あんなに何度も死んだりするわけないでしょ?」


 あさひのその言葉を聞いて、クロの瞳から色が抜ける。……いや、きっと俺も同じような表情をしているのだろう。それくらい俺は今、あさひに対して腹を立てている。


「おい、あさひ。そんな周りくどい真似をして。そんなつまらない真似をして。俺がお前を好きになると、本気で思ってるのか? ……例え神に堕ちたとしても、俺はお前を愛さない」


「あはっ。振られちゃった。……でも、大丈夫。兄さんも神になったら、分かるよ。神には永遠の時間が許されてる。そんな中で恨みなんて感情は、すぐに消えてなくなっちゃう」


 あさひはちらりと、クロを見る。


「…………」


 クロは否定も肯定も、しない。


「永遠の時間に耐えられる感情は、1つだけ。……愛情だけなんだよ、兄さん。だから兄さんがいくらわたしを恨んでも、最後はわたしを愛するしかなくなる。神になるっていうのは、そういことなんだから」


 あさひはゆっくりと俺の方に、手を伸ばす。……けれど俺は、その手を振り払う。


「なら俺は、神になんてならない。もう死ななければ、俺が神になることはない。そうだろ? あさひ」


「それは確かに、そうかもね。……でもね、兄さん。兄さんには自覚がないだろうけど、今の兄さんはもうかなり神に近づいてる。……奈恵さんなら、ある程度それに気がついてるんじゃないの?」


「……確かに未白は、変わったよ」


 汐見さんは誤魔化すように、そう言う。


「例えそうだとしても、これ以上死ななければ俺が神になることはない」


「そうだね。そんな夢物語が叶えば、兄さんは人のままでいられるかもしれないね」


 今度はあさひの手が、俺に触れる。俺はそれを、振り払えない。


「……未白、帰るぞ? もうこれ以上この娘と話をしても、何の意味もない。……本当ならぶち殺してやりたいところだが、今の我にはそれだけの力はない。故、帰るぞ? 未白」


 クロは俺の腕を無理やり掴んで、立ち上がる。……けれどあさひは、俺の手を離してくれない。


「兄さん。久しぶりに、ゲームでもしない?」


「……するわけないだろ」


「ふふっ、残念。……じゃあ、死んじゃった美佐子さんは、もうずっとあのままだね」


 あさひのその言葉に、俺は足を止める。


「……美佐子さんのことも、お前の企てか?」


「そうだよ。兄さんが繰り返さないなら、美佐子さんはずっと死んだまま。それを見た紗耶さんは、苦しむだろうね? ……紗耶さんは兄さんを殺しちゃうほどの狂気を秘めてるんだから、もしかしたら……おかしくなっちゃうかも」


「あさひ……っ!」


 思わず、あさひの肩を掴む。しかしそれでも、あさひの言葉は止まらない。


「莉音さんだって、危ないかもしれない。あの人の中には、とても大きな孤独が根づいている。兄さんは距離を置いた程度で解決した気になってるけど、彼女たちの問題は何も解決していない。……もちろん、奈恵さんの問題もね?」


「だったらなんだって言うんだよ! あさひ! 結局お前は、何がしたいんだ……!」


「だからゲームだよ、兄さん。兄さんはわたしの策略を見抜いて、4人の女の子を助けるの。紗耶さんと、莉音さんと、美佐子さんと、奈恵さん。その4人を助けて、皆んなが幸せになれたら兄さんの勝ち。わたしは兄さんから、手を引いてあげる」


「……それで何度も繰り返して、俺が神になってしまったら、お前の勝ち。そういうことか……」


「大正解! 流石は兄さん、頭がいいね!」


 あさひは無邪気に笑う。俺は、笑わない。


「……未白。この娘の誘いに、乗るでないぞ? この娘が何を考えているかなぞ我には分からんが、どうせろくなことではない」


「違う、クロ。もうそういう次元の話じゃないんだ」


 あさひが持ちかけた、このゲーム。俺はそれを、あらゆる意味で断れない。


「やっぱり兄さんは、そこの神と違って頭がいいね。……そう。兄さんにはもう、選択肢がないんだよ。今日この部屋に来てしまった時点で、選択したのと同じなんだから」


 あさひはそう言って、笑う。するとその直後、ずきりと心臓に痛みが走る。身体から力が抜けていく。


「……くはっ」


 身体に力が入らなくて、その場に倒れ込む。気づけば辺りに、真っ赤な血が広がっている。それが俺の血だと、倒れてから気がついた。


「お前ぇ!」


 そんな俺の様子を見て、クロがあさひに襲いかかる。けれど今から何をしても、もう遅い。



「…………」



 ……俺もクロも、油断していた訳ではない。けれどこの場は、あさひが一枚上手だった。そもそも、あさひが異常だと分かっていながら、あさひの家を訪ねたのが間違いだった。


 前回は大丈夫だったから、今回も大丈夫だろう。そんな何の確証もない考えで、あさひの懐に飛び込んだ。……その時点で、俺の負けは決まっていた。



「バイバイ、兄さん。神になったら、また会おうね」



 そうして今日、6月8日。久折 未白は、当たり前のようにこの世を去った。


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