第26話 どうする?
汐見さんの笑い声が、ただ響く。狂ったようで壊れたような笑い声が、ただただ部屋に響き渡る。
……だから俺は、不味いと思った。
「やめろ! クロっ!」
その声があと1秒遅れていたら、きっと汐見さんはこの世に居なかっただろう。それくらいクロの動きには、迷いがなかった。
「……よいのか? この娘は今確かに、未白に敵意を向けた。ならもう、生かしておく理由などないだろう」
「駄目だ。まだ話を、聞いてない。……そもそも俺は、守ってくれと言っただけで、殺してくれなんて頼んでない」
「そんなのどちらも、同じことだ」
「全然、違う。……とにかく今は汐見さんと話がしたいから、お前は下がっててくれ、クロ」
「……分かった。本当にお前は、わがままな奴だ」
クロはそれだけ言って、まるで影のように音もなくこの場から立ち去る。……けれど汐見さんはそんなクロを一瞥することもなく、ただ真っ直ぐに俺だけを見つめ続ける。
「いいのかい? 未白くん。ここでボクを殺しておいた方が、色々と楽だと思うよ?」
「楽してるだけじゃいい結果は望めないんですよ、汐見さん。だから話、聞かせてもらえますか?」
「嫌だと言ったら、君はボクに何をしてくれるのかな? ボクはこう見えて初めてだから、あんまりハードなことは辞めて欲しいな。……まあ、君がどうしてもと言うなら、頑張ってみるつもりではいるけどね」
「…………」
汐見さんは笑う。俺は笑わない。
「……くふっ、冗談だよ。だからそんな目で、睨まないでくれ。怖くて思わず、泣いてしまいそうになる」
「なら、聞かせてください。どうして貴女は、俺がループしてることを知ってるんですか?」
そのことを知っているのは、当事者の俺を除けば、神であるクロとシロ。そしてそのシロと同化している、あさひだけの筈だ。
「そもそもさ、未白くん。おかしいとは、思わなかったのかい?」
俺の困惑を見透かしたように、汐見さんは言う。
「……何が、ですか?」
「決まってるじゃないか。あさひのことだよ。ボクは言ったよね? あさひは隠れて、引っ越しの準備を進めてるって。なのにどうして、部外者であるボクがそのことを知っていたんだと思う? ボクに知られたら、ボクが勝手に君に伝えてしまうかもしれないのに」
「…………」
確かに言われてみれば、そうだ。あのあさひが、自身の計画を他人に漏らすとは思えない。そしていくら汐見さんでも、あさひの計画を見抜くことなんてできない筈だ。
……いや、でもそれがループのことと、何の関係があるっていうんだ?
「君がループしているのは、あさひが仕組んだことなんだ。そしてボクは、その計画をあさひに教えてもらった。……本当に、少しだけだけどね」
「────」
驚きに、心臓がどくんと跳ねる。ここまでの全てが、あさひの手のひらの上だった。あの苦しみも、あの痛みも、あの悲しみも。全部全部、あさひが作ったものだった。
それがもし事実なら、俺はあの時からずっと同じ場所で足踏みしていたということになる。
……そんな事実は、絶対に認めたくない。
「……つまり汐見さんは、あさひとグルだったってことなんですね?」
嫌な思考を振り払うように、そう尋ねる。
「まさか。あさひやシロ様は、誰かと手を組むよう真似はしない。それは君だって、知ってるだろ?」
「ならどうして、貴女はあさひからループのことを教えてもらえたんだ! ……持って回った言い回しはやめてください。今はそういうのに、付き合ってる気分じゃないんですよ」
「そうカリカリしないでくれよ。……と。そんな目で睨まれると、ちゃんと答えるしかないね。……ボクはただ、頭を垂れただけだよ。お願いします、神様。何でもしますから、少しだけボクに力を貸してくださいって」
神と人との関係なんて、本来そんなものだろう? と、汐見さんは笑う。
「そのあさひの計画って、一体なんなんですか?」
「残念ながら、それはボクにも分からない。彼女たちからしてみれば、ボクなんて駒にもなれない雑兵だ。そんなボクが、計画の全容を知らされているわけがないだろ?」
「なら貴女は、何がしたい? どうして……どうして俺を、殺そうとする?」
「……? ボクは君を殺す気なんて、さらさらないよ? だってボクは、君が好きなんだから」
汐見さんは本当に分からないと言うように、首を傾げる。
「嘘をつかないでください。前回のループの時、貴女は確かに……俺を殺した」
「────」
今度は汐見さんが、心底から驚いたと言うように目を見開く。……どうやら汐見さんは、俺がループしているということは知っていても、前回なにがあったかまでは知らないようだ。
「……なるほどね。前回のボクは、君を殺してしまったのか。ならきっと君は、よほどボクの期待を裏切るような真似をしたんだろうね」
「知りませんよ。貴女の期待なんて」
「だろうね。だってボクは、君の苦しむ姿が見たいだけなんだから……! 君が苦しんで、泣いて、地べたを這いずりまわる。そんな君を、ボクは見たい! そしてそんな君に、ボクだけが優しくしてあげたい! ボクの願いなんて、そんなささやかなものなのさ……!」
汐見さんの目が、爛々と輝く。
「…………」
それはどこかで見たことがあるような狂気で、俺は大きく息を吐く。
「汐見さんの気持ちは、どうでもいいです。俺は貴女のその狂った性癖に付き合うつもりなんて、ありません」
「くふっ、つれないな。でもじゃあ君は、ボクに何を聞きたいんだい?」
汐見さんはまるで誘うように、長い舌で自分の唇を舐める。
「…………」
俺はそんな汐見さんを冷めた目で見つめながら、少しだけ考える。
そもそもどうして、汐見さんはこのタイミングで本心を口にしたのか。2週間ものあいだ大人しくしていたのに、何がきっかけで急に演技を辞めたのか。……その理由を考えたら、答えは1つしかない。
美佐子さんが自殺したから。
それ以外にきっかけは、思い浮かばない。でもじゃあどうして、美佐子さんが自殺したら本心を口にするんだ?
……そう考えると、1つの可能性が浮かび上がる。
「汐見さん。美佐子さんを自殺するまで追い込んだのは、貴女ですか?」
「ああ、そうだよ。元々いじめなんかするような奴なんだし、別に構わないだろ?」
汐見さんはとても簡単に、そう答えた。それでこの2週間で培った彼女への小さな信頼は、完膚なきまでに砕け散った。
「くふふっ。いい目だね、未白くん。ボクはそういう目をした、君が好きだ」
「俺は貴女が嫌いだ。汐見さん」
「だったらどうする? 君がボクを、殺すのかい? それともクロ様に頼むのかい? まあ彼女に頼めば、証拠どころか死体も残らないだろうし、そっちの方が賢いね」
「そんなことは、しませんよ。俺はもうクロには誰も、殺させたくない」
「ならボクは、また同じことをするよ? 君の大好きな紗耶ちゃんをいじめてた連中は、まだいる。それでそいつら死ねば、次は莉音や紗耶ちゃんだ」
「……どうして、そんな意味のないことをする? そんなことをして、何になるっていうんだ!」
「それはさっき、言ったじゃないか。ボクはただ、君が苦しんでいる姿を見たい。それだけなんだよ」
汐見さんは笑う。それは俺を挑発してるわけでも、嘲笑っているわけでもない。
彼女はただ楽しくて、笑っているだけなんだ。
「…………」
なら俺は、そんな彼女をどうすればいい?
汐見さんの言う通り、ここで汐見さんを殺せばとりあえずの脅威はなくなる。……でもここで汐見さんを殺したとして、俺は笑って紗耶ちゃんや莉音と仲良くできるのか?
……無理だ。
でも彼女を放置したら、きっとまた被害者が増える。俺はこの2週間、ずっと汐見さんを警戒していた。なのに彼女は、そんな俺の目をかいくぐり、美佐子さんを自殺するまで追い込んでみせた。
そんな汐見さんの凶行を止めるには、監禁するくらいしか方法がない。
……でも、自由を奪ってずっと部屋に閉じ込め続けるなんて、そんなのはもう殺しているのと同じだ。
なら、俺は──。
「汐見さん。クロを連れて、あさひの所に行きましょう。それで全て、終わりにします」
「……え? なんだよ、それ……」
驚いたというより、失望したというような表情の汐見さんを無視して、部屋から出る。
そもそも、ここで汐見さんをどうにかしても、問題は何も解決しない。……それに考えてみれば、自殺したのが美佐子さんかどうかも、まだ分かっていない。そしてそれが汐見さんのせいであるという証拠も、まだどこにもない。
なのに汐見さんは、俺を挑発するようなことばかり言う。
……それこそまるで、ここで自分を殺してくれと言うように。
「……君はやっぱり、変わってしまったんだね」
最後に背後から、そんな声が響いた。
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