第24話 ワクワクするね。



「何を考えておるのだ! お前は!」



 汐見さんにうちに来ないか? と言った同日の夜。何気なくその話を口にすると、クロは珍しく声を荒げてそう言った。


「いや、何でそんなに怒るんだよ、クロ。お前、汐見さんのこと嫌いだったっけ?」


「そうではない、この馬鹿者め! 一度自分を殺した者を自分の家に引き入れるなど、言語道断だと我は言っておるのだ!」


「それは確かにそうだけど……。でも俺だって、考えなしに家に呼んだってわけじゃないんだぜ?」


「考えがあろうがなかろうが、危険だと我は言っておるのだ! ……はぁ。まったくお前は、困った奴だ。とりあえずその考えというのを、我に聞かせてみるがよい」


 クロはいつものようにベッドに腰掛けて、長い脚を見せつけるように足を組む。


「了解。じゃあちゃんとお前に納得してもらえるよう、説明するよ」


 俺はそんなクロの正面に座って、自身の考えを言葉に変える。


「そもそも今の汐見さんが、一体なにを考えているのか。それが全く、分からない。ただの私怨で俺を殺そうとしているのか。それとも誰かに命じられているのか。その辺のことをはっきりさせるには、彼女との距離をつめる必要がある」


「……その理屈は分かるが、わざわざ同居する必要はないのではないか?」


「それは確かに、そうかも知れない。けどあの人とは学年も学校も違うし、住んでる家も離れてる。普通に暮らしていたら、接点なんてほとんどない」


「だから同居を提案したと、そういうわけか」


 クロはまだ不服そうに、大きく息を吐く。


「そういうこと。だからあんまりへそを曲げるなよ、クロ。……ほら、脚揉んでやるからさ」


 クロの前に跪いて、脚を揉んでやる。


「……その程度で、我の機嫌は治らんぞ?」


「分かってるよ」


 そう答えて、まずは柔らかなふくらはぎをほぐしていく。


「……そもそも家に引き入れて、寝込みを襲われたらどうする?」


「その時はお前が俺を守ってくれ」


「勝手だな」


「ああ。悪いとは思ってる。でもいくら弱ってるといっても、お前は神だろ? だから家の外で彼女と会うより、お前がそばにいてくれる家の方が安全だ」


 汐見さんと同居すると決めた1番の理由が、それだ。クロがそばにいる限り、俺が殺されることは絶対にない。……まあ、あさひやシロが関わってきたらその限りではないのだが、あさひやシロが誰かと手を組むとは思えない。


「……でもお前、前回のループの時、あの……何といったか? お前の好きなあの小娘が、家まで押しかけてきたのだろ? あの女と同居するとなれば、また同じようなことになるかもしれんぞ?」


「その時はちゃんと、正直に伝えるよ。お前のことも、汐見さんのことも。別にやましいことなんてないしな」


「……はぁ。分かった。仕方ないから認めてやる。……お前は昔から、女心が分からん奴だ」


 クロは怒ったように脚を揉む俺の手を振り払い、紅い瞳で俺を睨む。……どうやら珍しく、本気で怒っているようだ。



 でも俺には、その理由が分からない。



 俺はもう、何度も死んでいる。そして自分を殺した相手と仲良くするのは、これが初めてではない。紗耶ちゃんが俺を殺した時も、同じように俺は彼女と仲良くした。


 そしてその時のクロは特に怒ることもなかったのに、どうして今はこんなに怒っているのだろう?


「まあ、お前に──」


 けどとりあえず謝っておこうと思い、口を開く。……しかしクロはまるでそれを遮るように、勢いよく俺の身体に抱きついた。


「……我は、怒っている。だからしばらく、我を抱きしめろ」


「……分かった。悪かったよ、クロ。今度からちゃんと、お前に相談する」


 できる限り優しく、クロの頭を撫でてやる。するとクロは甘えるように、身体から力を抜く。


「よい。お前が決めたことなら、我はもう口を挟まん。……ただ今日は、もう手を離してやらんからな」


「じゃあ明日の朝まで、こうやって抱きしめてやる。……いつもありがとな、クロ」


 そうしてその日は本当に朝まで、クロを抱きしめ続けた。



 ◇



 5月25日。



 そして翌日の放課後。大きめのトートバッグを持った汐見さんが、約束通りうちにやってきた。


「やあ、未白くん。君が来ていいと言ってくれたから来たんだけど、本当にボクがここに住んでもいいのかい?」


「ええ、構いませんよ。……でも昨日の今日で来るとは、流石に思いませんでした。よくご両親と海斗くんが、そんなに簡単に認めてくれましたね」


「君の誘いだと言ったら、皆んな大人しく頷いてくれたよ。彼らにとって神様は、相当なトラウマになっているようだ」


「……そういえば、そこを忘れてました。ここにはクロ……神様も一緒に住んでるんですけど、汐見さんは大丈夫なんですか?」


 汐見さんにとってクロは、一度自分を殺した相手だ。そんな相手と一緒に住むのは、普通に考えれば嫌だろう。……まあそう言う俺が、自分を殺した汐見さんと一緒に住もうとしているのだが。


「ボクはそんなことを気にするほど、小さな女じゃないよ。君と一緒に暮らせるなら、それくらいなんてことはないさ」


「……そうですか。なら、上がってください。部屋の掃除はもう終わってるんで、遠慮せずにくつろいでくださいね」


 汐見さんを連れて、とりあえずリビングに向かう。部屋に案内する前に、クロと顔合わせしておいた方がいいだろうから。


「お前が、汐見の娘か」


 リビングに入ると、ソファでくつろいでいたクロが、流し目で汐見さんを見る。


「はい。汐見 奈恵と申します、クロ様。面倒をかけると思いますが、しばらくの間よろしくお願いいたします」


「そう畏まらんでもよい。お前がどれだけ騒ごうが、どんな無礼を働こうが我は気にせん。……ただ、未白に危害を加えるようなら、容赦はせん。それだけはゆめ、忘れるな」


「心得ております、クロ様。未白はボクにとっても大切な友人ですから、傷つけるようなことはいたしません」


「……ならよい」


 クロはもう興味はないと言うように、汐見さんから視線を逸らす。


「…………」


 ……きっとクロがこんな風に威圧するような態度をとるのは、俺を守る為なのだろう。こうやって神の威厳を見せつければ、汐見さんも怖がって俺に手を出さないかもしれない。


「汐見さん。じゃあこっちに来てください。汐見さんに使ってもらう部屋に、案内します」


「ああ、分かった。……ではクロ様。失礼いたします」


 汐見さんは仰々しく、頭を下げる。クロはそんな汐見さんを、見もしない。


「……凄い迫力だったね。流石は神様だ」


 リビングから出たあと、汐見さんは小さな声でそう呟く。


「まあ、クロは滅多なことでは怒らないので、下手なことさえしなければ問題ないですよ」


「……なら、安心だね」


 汐見さんは、笑う。その真意が、俺には分からない。


「じゃあ汐見さん、この部屋を使ってください」


 ずっと使っていなかった部屋に、汐見さんを通す。


「いい部屋じゃないか。本当にここを、ボクが使っても構わないのかい?」


「もちろんですよ。その為に、掃除したんですから。……というか、汐見さん。荷物少ないですね。必要なものは、後で郵送したりするんですか?」


「いいや、荷物はこれだけだよ。……ボクは最低限の着替えとスマホとタブレットさえあれば、どこにいても同じだからね」


 汐見さんはそう言って、カバンから荷物を取り出す。……パンツやブラも恥ずかしげもなく広げるので、俺は思わず視線を逸らす。


「おっと。すまないね、見苦しいものを見せてしまった」


「……別に構わないですよ、これくらい」


「そうかい? まあ君とは幼馴染だしね。今更ボクの下着程度じゃ、何も思わないか」


「何も思わないって、わけじゃないですけどね。ただこれから一緒に暮らすんですから、あまり気にしなくてもいいよってことです」


「ふふっ、そうか。なら、風呂上がりに裸でうろつくくらいなら、大目に見てもらえそうだね」


「それは勘弁してください」


 そこで2人して、笑う。それこそまるで気心の知れた幼馴染のように、遠慮なく笑い合う。


「…………」


 けれど俺は、油断しない。この同居で、汐見さんの真意と計画を丸裸にし、それを未然に防ぐ。その目的の為に、俺は汐見さんをこの家に呼んだのだから。


「……くふっ」


 そして汐見さんの方も、この同居をチャンスだと思っている筈だ。彼女の殺意が本物なら、きっとあらゆる手段を使って俺を殺そうとしてくるだろう。



 そんな風にお互いに真意を隠したまま、楽しい同居生活が始まった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る