第22話 よかった。

 ??月??日。



 夢を、見ていた。



 女の子が、泣いている。大きな声で、まるでこの世の終わりだと言うように、ただ泣いている。


 ……けれどその少女はいつまで経っても1人で、誰も彼女の涙を止めてくれない。だから永遠と、少女の泣き声が響き続ける。



 そんな、夢を見た。



「……っ」


 酷い頭痛で、目を覚ます。まるで脳みそに穴でも空いたような痛みが走って、上手くものを考えられない。


「なんなんだよ、この頭痛」


 だからもう一度目を瞑り、布団に潜り込んで頭痛が収まるのを待つ。


「……って、戻ってる。戻ってるのか?」


 そこでようやく、今の状況に気がつく。死んだ筈なのに、また目が覚めた。クロが死んで、俺も死んだ筈なのに、また目を覚ますことができた。


「クロ!」


 そう気がついた瞬間、頭痛なんて無視してクロの部屋に走る。過去に戻って来たのだから、クロも蘇っている筈だ。……蘇ってなきゃ、おかしい。そう信じ、扉を開ける。



 するとそこには、いつものようにクロの姿が……。



「……居ない。どうしてだ?」



 どうしてか、クロの姿がない。……まさか、戻っていないのか? 一瞬、そんなこと嫌な思考が頭を過ぎる。でも、ナイフで刺された傷は完全になくなっているし、スマホで確認した日付もちゃんと過去のものだ。


「おい! クロ! 居ないのか!」


 そう声を上げるが、返事はない。



 なら──。




「うるさいなー、未白。……そんな大声を出さなくても、ちゃんと聞こえておるぞ?」



 ふと、そんな声が響いて、クロが姿を現す。……いや、つい先程までは確かに居なかった筈なのに、気づけばクロは自身のベッドに腰掛けていた。


「クロ。……クロ!」


 また会えたのが嬉しくて、思い切りクロを抱きしめる。……クロはちゃんと温かくて、生きてるって実感できる。


「……可愛い奴め。よい。好きなだけ我を、抱きしめるがよい。我はもう、お前の為だけの神なのだから」


「クロ。お前が無事で、本当によかった……」


 しばらくクロを、抱きしめ続ける。クロはそんな俺の頭を優しく撫でてくれて、少しずつ心が落ち着いていく。


「……さて、もう落ち着いたか?」


「ああ。取り乱して、悪かった」


「よいよい。我の前では、取り繕う必要などない。それより、今の状況を説明するがよい」


「ああ……いやでも確かお前、過去にあったことなら話さなくても分かるって、前に言ってなかったっけ?」


「よく覚えておるな。でも残念ながら、今はまだ本調子ではない。故、上手く力を使えんのだ」


「……大丈夫なのか? もしかして、無理をしてるんじゃないだろうな?」


「くふっ。心配してくれるのは嬉しいが、我は神だぞ? 人の子に心配されるほど、落ちぶれてはおらん。それより早く、説明してくれ。どうしてお前が、そこまで取り乱しているのだ?」


 クロは普段はあまり見せない真面目な表情で、俺を見る。だから俺もクロから手を離し、茶化すことなく前回のループのことを話す。


 莉音と、恋人になったこと。家に帰ったら、どうしてかクロが死んでいたこと。シロが言っていた、クロの力が弱まっていたということ。そして俺を殺した、彼女のこと。


 その全てを、余すことなくクロに伝える。


「……なるほどな。あの小癪な神め。弱った我を倒して粋がっていたとは、随分と恥ずかしい奴だな」


 クロは呆れたように、息を吐く。


「でも、クロ。どうしてお前が、弱ったりするんだ? 今までのループの時は、そんなことにはならなかっただろ?」


 俺の問いを聞いて、クロは考えるように目を瞑る。……けどすぐに答えが出たのか、ゆっくりと目を開けて言葉を返す。


「それはきっと、お前の気持ちが我から離れたからだ」


「……は? どういう意味だよ、それ」


「言葉の通りだ。我ら神は、人の信仰……人の想いを食らって力を溜める。そして今の我を信仰しているのは、お前だけだ。故、お前が他の女と乳繰りあっていたことで、我の力が弱まったのだ」


「なっ……! どうしてそんな大切なこと、今まで教えてくれなかったんだ!」


「教えれば、お前はろくに恋もできんではないか。それは少し、可哀想であろう?」


「でもお前、それは……」


 確かにそれはその通りだが、それでクロが死んでしまったら、どのみち恋どころではない。


「我はできれば、お前には普通の人生を歩んで欲しいのだ。……まあ、なかなか上手くはいかんがな」


「……変な気を遣うなよ、らしくないな。お前は自分の脚を揉ませて、高笑いしてればそれでいいんだよ」


「ふふっ、我は神だからな。信者の幸せを願うのは、当然なのだ」


 クロは笑う。俺も、笑った。


「でも、これからどうすればいい? 俺が恋をすれば、お前はシロに殺されるんだろ?」


「ああ、そうなるのだろうな。そしてどうしてか、お前を殺そうとしてくる小娘もいる。……それにお前はまだ、あの娘たちへの想いを断ち切れていないのだろ?」


 その通りだ。俺はまだ、莉音の温かさを忘れたわけじゃない。それに、いじめられている紗耶ちゃんを放っておくことも、俺にはできない。


「……でもまあ、恋人を作るのは辞めておくよ。今回は紗耶ちゃんと莉音から、一定の距離を置く」


「よいのか?」


「ああ。恋がしたいなら、問題を解決してからすればいい。何度も殺されたり、お前が死んだりするのは……もう嫌だ」


 それにまだ、ループする代償が何なのかも分かっていない。……もしかしたらこの瞬間も、大切な何かが消えていっているのかもしれない。


 だからまずは、もう死なない為の行動をする。誰も死なせず、自分も死なない。そしてあさひとシロと、俺を殺そうとしている彼女を、どうにかする。



 恋がしたいなら、その後にすればいい。



「そんな流暢なことを言っていたら、あの小娘たちは他の男のものになるかもしれんぞ?」


「……人が覚悟を決めてるのに、茶々を入れるな」


「そう睨むな。……本当にお前は、可愛い奴だな。ほら、ちこうよれ。頭を撫でてやる」


「……いいよ、別に」


「よくなどないわ、馬鹿者め。……言ったであろう? お前が我を思う気持ちが、我の力になるのだ。だからもっと、我にお前を愛させろ」


 その理屈は分からないが、反論する理由もない。なのでまた、クロの身体に抱きつく。するとクロは優しく優しく、俺の頭を撫でてくれる。


「…………」


 父親にも母親にも甘えたことがない俺は、こんな風にされると少し弱い。神に恋することなんてあり得ないが、もう少しこうしていたいって思ってしまう。


「……でも流石に、もういいだろ? クロ」


「なんだ、まだ1時間もたっておらんぞ?」


「30分もやれば、十分だ。……今日は紗耶ちゃんを助けないといけないし、それに早いうちに彼女とも話をしておきたい」


「……1人で、大丈夫か?」


「大丈夫だよ。下手なことはしないからな」


 そう言ってクロから離れて、1人の女の子にメッセージを送る。



『明日の放課後、会えないか?』



 するとすぐに、



『今すぐにでも、構わないよ』



 と返事が返ってくる。


「…………」


 今はまだ、朝の10時過ぎだ。授業にはもう間に合わないが、紗耶ちゃんがいじめられている放課後までは、まだまだ時間がある。



 だから俺は、待ち合わせ場所と時間をメッセージで送って、ゆっくりと立ち上がる。



「クロ。朝飯食ったら、ちょっと出てくる。……でも誰か来ても、玄関の扉を開けちゃダメだからな?」


「我は子供か。心配せずとも、今の我は無敵だ。あの小狡い神に遅れをとったりせん」


「……でもだからって、自分から攻めるようなことも、しないでくれよ?」


「分かっておる、分かっておる」


 そんなクロの言葉を背中で聞いて、部屋を出る。そしてさっさと着替えて、朝ごはんの焼肉を食べてから指定したあの廃ビルの屋上に向かう。


「…………」


 わざわざ人目のつかない所で2人きりになるのは、危険かもしれない。けど話の内容から考えて、人目につかない場所の方が都合がいい。


「それに、1発ぐらいぶん殴ってやりたいしな」


 ……まあ、それは冗談だとしても、彼女に対して怒りが溜まっているのは事実だ。


「……でもまだ、今の彼女は何もしていない。だからここで、彼女を傷つけても意味はない」


 自分に言い聞かせるようにそう呟いて、屋上へと続く扉を開ける。



「やあ、いい天気だね。未白くん」



 すると彼女──汐見 奈恵は、はにかむような笑顔で俺を出迎えてくれた。


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