第11話 頑張れよ。

 5月24日。



「くそっ!」


 苛立ちを誤魔化しもせず、そう叫ぶ。……けれど胸に広がる苛立ちと後悔は、消えてくれない。だから堪えるように歯を噛み締めて、ベッドから身体を起こす。



 どうやらまた、戻ってきているらしかった。



「おはよう、未白。どうやらまた、死んだようだな」


 当たり前のように俺のベッドに腰掛けたクロは、楽しそうに笑う。


「ああ。そうだよ」


 そう答えて、一応スマホで日付を確認してみる。……けれどやはり、初めの時と同じ5月24日に戻ってきているようだ。


「……くそっ」


「随分と、苛ついているようだな? ……でもまあ、それも仕方ないか。あんないいところで殺されたら、誰だってムカつくものだ」


「知ったような口ぶりだな。……もしかして、見てたのか?」


「まさか。未来のことを知る力など、我は持たない。ただ我は、お前の心を読み取っただけだ。……らしくもなく随分と、1人の女に入れ込んだようだな」


「…………」


 俺は言葉を返さない。その代わり小さく息を吐いて、死ぬ直前のことを思い出す。


 前回……いや、前々回の紗耶ちゃんの話を思い出して、俺はあの廃ビルに向かった。するとちょうど、飛び降りようとしていた紗耶ちゃんの姿を見つけて、なんとか彼女を助けることができた。


 そしてそれから、告白して、受け入れてもらって、身を寄せ合って、幸せに酔いしれていた。



 だから俺は、気づかなかった。背後から近づいて来ていた、悪意を持った誰かに。そんな風に油断していたから、背中を押されて2人してビルから落ちた。


「…………」


 背後から押されたのだから、犯人の姿は見えなかった。そして無論、殺されるようなことをした覚えなんて……いや、ないこともないのか。


 クロ……この神様に願いを叶えてもらったことで、俺は沢山の人たちを傷つけることになった。けれどそれはもう、終わったことだ。それに彼らも下手に俺を突いて、神の怒りを買うような真似はしたくない筈だ。



 なら一体、誰が……。



「無駄なことを考えているな、未白」


 クロは真っ白な手で、俺の頭を撫でる。


「……無駄なんかじゃない。こっちは殺されてるんだぞ? なら犯人を特定しておかないと、また同じことになるかもしれない」


「それが無駄だと言っているのだ。犯人が知りたいのであれば、前回と同じことをすればよかろう。そうすれば犯人なぞ、簡単に特定できる。何せ今のお前は、殺されることを知っているのだからな」


 それは確かに、そうだった。……でも同じことをするということは、また紗耶ちゃんを自殺を考えるまで追い詰めるということになる。


「…………」


 例えそれが最善だとしても、絶対にそんなことしたくはなかった。


「随分と甘いな、未白。そこまであの娘に、入れ込んでいるのか?」


「そうだよ。好きなんだよ。だから、傷つけたくない」


「でも好きなのは、前回のその娘だろう? 今回のお前が別の行動をとるなら、同じようにその娘を好きになれるのか? そもそもその娘が同じように、お前を好きになってくれるのか?」


「……知るかよ、そんなこと。何であれ、嫌なことは嫌なんだ」


 視線を逸らして、誤魔化すようにそう呟く


「それより、クロ。このタイムリープについて、教えてくれ。このタイムリープの代償は、なんなんだ? そもそも俺は、どうしてタイムリープなんてしてる。何でもするから、お前の知ってることを教えてくれ」


「いっぺんに話すな。うるさいなー」


「神なんだから、これくらい簡単に聞き分けられるだろ?」


「我にそんな便利な力なんぞ、ないわ。だから1つずつ、丁寧に説明してくれ。……無論、ただでは教えてやらんぞ? それ相応のもてなしをして貰わねば、神は動かんのだ」


 クロはずっと撫で続けていた俺の頭から手を離し、大仰な仕草で俺の椅子に腰掛ける。


「……分かったよ。まあ、お前のお陰でこうやってやり直せてるんだし、できる限りのことはするよ」


「ならこれからは3食、焼肉な」


「分かったよ」


「我が好きなゲームの新作、買ってくれ」


「分かったよ」


「朝と夜は毎日、我の部屋でマッサージな。主に脚を中心に」


「分かったよ」


「それと──」


「いや、いくつあんだよ」


 思わずそう、突っ込んでしまう。この神様のお陰でこうしてやり直せているのだから、できる限りはしてやるつもりだ。……でもこれ以上言われると、流石にきつい。


「……しょうがない。本当はまだまだあるのだが、今はこれくらいにしておいてやろう。何せお前は、我のお気に入りだからな」


 クロは真っ赤な瞳を楽しげに歪ませて、長い脚をこちらに差し出す。どうやら、揉めていうことらしい。


「…………」


 少し屈辱的だが、今はそんなことを言っている場合ではない。なので大人しく、昔のように脚を揉んでやる。


「どうだ? 我のおみ足の感触は?」


「昔よりだいぶ、太ったな」


「まあ我、成長期だからな」


「神様に成長期とか、あるのかよ」


「あるぞ。特に我みたいに力を失った神は、たくさん食べんと力を取り戻せんのだ」


「そういや前にも、そんなこと言ってたな。……いや、そんなことより、このまま質問してもいいか?」


「よいぞ。好きに話すがよい」


 神の許しが出たので、まずは1番気になっていることを尋ねる。


「代償について、教えてくれ。このタイムリープで、俺は何を支払わなければならない? それとももう何か、支払っているのか?」


 前回の俺は、もう死ぬつもりなんてなかった。だから深く考えることはしなかっだが、2度目ともなれば話は別だ。


 最悪、代償を支払うのが俺だけなら構わない。けれどそれが、紗耶ちゃんや莉音にも及ぶなら、是が非でもどうにかしなければならない。


「知らん」


 しかしクロは、悩む素振りも見せずにそう言った。


「……ふざけてるのか?」


「いや、我は大真面目だぞ。知っているだろう? 今の我には、大した力はない。それに前回も言ったみたいだが、このタイムリープは我の力というより、お前の後悔が引き起こしたものだ」


「でもそれは、元を辿ればお前の力だろ?」


「でも分からんもんは、分からんのだ」


 そう言われてしまうと、何も言えない。


「ただ、あまりいいものではないな。我に願ったのであれば、最悪どうにか誤魔化すことができた。でもこれは、お前の後悔が引き起こしたことだ。我と繋がったお前が、無意識に我の力を使ってな。……だから最悪、あの妹のようになってしまうぞ?」


「…………」


 そう言われて、思い出す。俺がこの神様と繋がることになった、きっかけ。妹のあさひが、無意識に願いを叶えたことで起きた、あの事件。……あんなことになるくらいなら、死んだ方がマシだ。


「……ならもう、死ぬことはできないな」


 そう答えて、右脚を離して左脚を揉み始める。


「じゃあ、次の質問。どうして、5月24日に戻ってくるんだ? 前回は紗耶ちゃんを助けたことを後悔していたが、今回はそこに後悔なんてなかった。なのにどうして、5月24日なんだ?」


「ここが、セーブポイントだからだな」


「こっちは真面目に訊いてんだ」


「我だって、真面目だぞ? ゲームでは、大切なイベントの前はセーブするのが基本であろう? 要はそれと同じなのだ」


「いや、意味が分からない」


「頭の固い奴だな。……お前に理解しやすいように言えば、お前の無意識が理解しているのだ。やり直すには、ここからでないと駄目だと」


 クロは笑う。その笑みはとても美しいのに、どうしてか背筋に悪寒が走る。


「さて。ではそろそろ、ご飯にしよう。我、いつもの豚バラが食べたい」


「まだ訊きたいことが、いくつかあるんだけど」


「お腹を空かせてまで、することではないな」


「……でもマッサージだって、まだ途中だぞ?」


「よい。そも、神にマッサージなぞ不要だ」


「ならやらせるなよ」


「それはダメだ。我に傅いて、縋るように我の脚を揉むお前は、とても可愛いからな」


 クロは見せつけるように、自身の脚を撫でる。


「…………」


 そういえばこの神様は、面倒な性癖を持っていたんだった。最近は大人しかったから、すっかり忘れていた。


「……おっと。そうだ、未白よ。我からも1つ訊きたいことがあるのだが、構わんか?」


「別にいいけど、お前なら訊かなくても分かるんだろ? 俺の頭の中が」


「残念ながら、全て分かるというものでもないのだ。言ったであろう? 今の我には過去の記憶は読めても、未来を見通すことはできん。だから問おう、久折 未白よ。お前はこれから、何をするつもりだ?」


「…………」


 改めて問われて、少し考える。紗耶ちゃんをいじめから助ける。そして今度は言い訳じゃなくて、ちゃんと彼女に寄り添いたい。それはもう、決めていることだ。



 ……けれどその為には、やらなければならないことがある。



「紗耶ちゃんを傷つけない方法で、俺と紗耶ちゃんを殺した人間を突き止める。まずはそれが、最優先だ」


「それは立派だが、前回の時に殺意があったからと言って、今回も殺意があるとは限らんだろう?」


「かもな。……でも、どうしてもそうは思えないんだ。あいつはまた、俺を殺しにくる。きっとそんな予感があるから、この5月24日に戻ってきたんだろうな」


「……そうか。未白が決めたのなら、我は何も言わない。とにかく頑張れ。我はここでゲームでもしながら、お前の帰りを待つとしよう」


 クロはゆっくりこちらに近づいて、また俺の頭を撫でる。……クロに頭を撫でられると、少し力が抜けてしまう。



 けれど今は、呆けている場合ではない。これからやらなければならないことが、山のようにある。



「…………」



 だから俺は、心の中で強く覚悟を決める。



 今度こそ絶対に、紗耶ちゃんの隣で生きていけるよう頑張ろうと。



 そんな風にして、3度目の人生が始まった。


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