第21話 どっちが本当の顔?
ゼクスとのダンスの特訓は順調だった。軽やかにステップを踏めるようになったかは定かではないが、ゼクスの足を踏むような失態はまだ犯していない。
「上達したじゃないか」
「私にかかればダンスなんてこんなものでしょ!」
「調子に乗るな。これはついてこられないだろうが!」
ゼクスは奏をターンさせると大きく足を踏み出した。奏はそのステップについていけずに、久しぶりに振り回される。
「私はダンサー目指しているわけじゃないよ!」
そんな難しいステップ踏めるかと奏はゼクスに噛みつく。調子に乗ったことは認めるが、ゼクスの要求は高すぎる。
披露する場所もないのに、そんな高度な技術を覚えてどうしようというのか。
「つまらんな」
「王様、楽しいのはわかるけど」
「ゼクスと呼べと何度言えばわかる」
「何度でも拒否する」
このやり取りも何度目になるかわからない。一国の王を相手にずいぶんな物言いをしていることは棚に上げて、名前を呼ぶことだけは拒否する奏。ゼクスは不満げに鼻を鳴らす。
「俺だけに酷い仕打ちだな」
「王様だけ特別なんだけど?」
奏だけの特別な呼び方だ。だだし、親しみを全く感じさせない呼び方であることは承知している。
「理解できん。お前は恋人になってもその呼び方をしそうで怖いな」
「予定のないことで非難しないでよ」
「俺の心を抉るな」
「えー」
最近になって気づいたことだが、ゼクスは奏を本気で口説いているわけではないと感じる。どこか言葉遊びをしている風だった。
それにリゼットとあまり変わらない雑な扱いをされている。奏のポジションは、妹当然のリゼットと同じだ。
「王様が本気ならとっくに名前を呼んでいるけど」
「どうだか」
ゼクスは納得していないようだが、奏にはそれがポーズだと分かっている。ゼクスには決定的に熱が足りない。だから口説かれていても奏の心には響かない。
「もう一曲くらいいけるだろ」
「王様はダンスの特訓と称して、息抜きしているでしょ」
「いいじゃないか」
「認めているし」
この切り替えの早さもゼクスが本気と感じられない一因だ。いつまでも無意味な会話を続けなくて済んで、奏は助かっているが。
「ねぇ、王様。リゼットはどこで何をしているの?」
「さあな。リゼットは秘密主義だ」
「それはまずくないの?」
リゼットを放置するのはどうかと思う。何をしでかしてもおかしくない。ゼクスはわかっているはずなのに冷たい態度だ。
「そのうち嫌でも何をしでかしたか、分かる時がくる」
「過保護はやめたの?」
「リゼットに何を言っても無駄と悟っただけだ。誰かのおかげで歯止めがきかん」
「私のせいにしないでよ」
「俺はカナデとは言っていない」
言っているようなものだ。奏は自分のせいではないと思いたかったが、思い当たる節があり過ぎて反論する声は弱い。
「寂しいのはわかるが、しばらく放って置け」
「でも」
「それより集中しろ。一曲踊りきれた試しがないだろう」
ゼクスは何かを知っていて隠しているのではないだろうか、と奏は疑っている。あれだけの過保護ぶりがそんなに簡単に変わるわけがない。
けれど、今は追及してもゼクスは答をはぐらかしそうだ。
リゼットは、朝になるとどこかへ出掛けていって、夕方になると帰ってくるが、ほとんど会話できていない。
ゼクスといるときは紛れていた気持ちも、やはり一人になると寂しさを感じてしまう。
リゼットがいないうえに、フレイはいつ帰ってくるかもわからない。スリーに至っては、接触禁止令の期間を過ぎているのに顔さえ合わせていない。
「元気を出せ。リゼットはそのうち帰ってくる」
「うん」
「リゼットに訓練の成果を披露しないとまずい」
「王様はどこを目指しているの……」
ゼクスの励ましは、奏を脱力させただけだった。
ゼクスの特訓と称した息抜きに散々付き合わされた奏は、疲れた身体をだらりと伸ばしてベッドに横たわっていた。
ダンスの疲れは心地よい疲労という程度だったが、ゼクスがいなくなって一人になると気持ちは沈んだ。
いつもなら突飛な行動を起こして騒がしいリゼットがいないこともあったが、これまで一度も一人にされたことがないということにいまさら気づいたからだ。
国に必要だからとかそういうことでなく、気遣われていた事実に奏はこれからどうすべきか考えてしまう。
考えても仕方ないことは分かっている。けれど、焦燥感は募る一方だ。
「よし!」
奏はベッドから起き上がると気合を込めるように拳を握る。部屋に引きこもっているからろくなことを考えない。だったら、初志貫徹して自分を鍛え直したほうがよさそうだ。
奏は訓練場へ向かうことに決めた。フレイはいないけれど、教えられたことを復習することはできる。
(弱くなったとか思われたくないからね!)
フレイが戻ったとき、多少なりとも訓練の成果を見せつけたい。いつもフレイにやられっぱなしの奏は決意を新たにした。
久々に訓練できると、奏はウキウキと訓練場へ向かっていた。足取り軽やかに進んでいくと前方にスリーを見つけて、奏は顔をほころばせる。
声をかけようとしたが、騎士の一人と話しをはじめてしまったため遠慮する。
久しぶりの再会に心が躍ったものの、仕事中に邪魔をするわけにもいかないと、奏は残念な気持ちでその場を通り過ぎようした。近づいていくとバチッと視線があう。
一瞬驚いたようにスリーは眼を見張ったが、奏に向ける視線は険しく、睨まれていると感じさせるほどだった。
奏はその視線に身体を強張らせる。思わず視線を反らしてしまう。
(なんで怒っているの!?)
スリーに睨まれるほど怒らせた覚えがないが、中庭でなし崩しに別れてしまうことになったので、迷惑をかけたことをきちんと謝罪していない。
奏はそのことに思い至って慌てた。意を決して視線を向けても依然としてスリーの視線は睨んでいるようで、奏は恐怖のあまりその場で固まった。
「悪い」
「いいぜ。約束忘れるなよ!」
奏が固まっている間に、スリーは騎士と何か交渉を成立させたらしい。スリーの極悪な視線をものともせず、騎士は嬉しそうにしている。
「カナデ様?」
「どうして泣いているの!?」
奏の半泣き状態に二人の騎士が気づいて驚きの声を上げた。
「スリーさんが怒って……」
「え?」
「怒ってなんかいないよ」
奏の言葉にスリーと騎士は顔を見合わせた。スリーの態度はごく普通であり、奏がどうして怒っていると思ったのかと、二人は疑問を顔に浮かべたまま奏を見つめる。
「ああ! わかった!」
「え? 何?」
奏は唐突に手を打って笑い出した騎士に困惑する。理由を聞こうにも腹を抱えて騎士は笑い続けている。
「おい! ガラ!」
「久々に笑えるぜ!」
爆笑は収まったものの肩を震わせる騎士に、珍しくスリーが顔を引きつらせる。
「カナデ様。こいつの眼つき悪さは仕事中だけですよ」
「え?」
「だから怒っているように見えますが、気にしたら駄目ですよ」
騎士の説明はどこか面白がっている風で、奏は思わずスリーを見てしまう。奏は少しだけ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるスリーに釈然としないものを感じて、疑いの目を向ける。
「睨んでなかった?」
「ないよ」
「ないない」
スリーの返事に騎士の合いの手が入る。奏は二人の仲良さ気な様子にジッと視線を向ける。
騎士団にいる時以外でスリーが誰かと一緒にいるところを初めて見る。スリーが特定の誰かと仲良くしている姿が珍しくて、奏はその騎士が気になりはじめた。
背の高いスリーと並んでも遜色のない体格で、どこか憎めない愛嬌のある顔をしている。グレーの短髪と褐色の肌は珍しく、藍色の瞳は面白いことを見つけた子供のように輝いていた。
騎士は奏の物言いたげな視線に気づくと破顔する。
「スリーの同僚のガラ・ラウリです。カナデ様」
「カナデ・アマサキです」
奏はガラにつられて自己紹介をした。するとガラがニヤリと笑う。
「家名まで教えて貰えたのって俺が初めてじゃない?」
奏は首を傾げる。別に隠していたわけではないから気に止めていなかった。
「そんな……」
「おいおい、おまえはカナデ様が絡むとおかしくなるな」
愕然とするスリーにガラの突っ込みが入る。奏も不思議で仕方ない。家名を教えてなかったくらいで落ち込まれるとは思ってもみなかった。
「スリーさんと仲がいいですね」
「付き合いは長いよ。無表情も慣れると面白くない?」
「ガラさん、睨まれていますけど……」
「ガラって呼んでよ。あと敬語はなしなし。俺って堅苦しい口調がダメな人だから!」
ガラが絡むとスリーの表情は変化がわかるようになる。恐ろしく睨みつけられているのに、全く気にしていないガラは、ある意味すごい人だ、と奏は感心してしまう。
「あ、カナデって呼んでもいい?」
「始末する」
調子に乗り始めたガラをスリーが威嚇する。腰に吊るしている剣に手をかける。
「別にいいだろ。おまえのものでもないだろうに」
「ぐっ」
スリーは痛いところを突かれて呻くが、奏を呼び捨てにすることは阻止したいようで、ガラを後ろから羽交い絞めにして黙らせようとしている。
「心が狭いなぁ」
「俺でさえ呼んでないっていうのに……」
「呼べよー。カナデちゃんいいよね?」
ガラはどうやら「カナデちゃん」と呼ぶことで妥協したらしい。
それでもスリーは気に入らず、ガラを本気で絞め落とそうとする。腕にかなりの力を込めていることが、そばで見ていてわかるほどだ。
「ずるい」
「え?」
奏はスリーが自分といる時には見せない表情を、ガラには見せていることを羨ましく思った。同時に胸がモヤモヤして思わずガラを非難するようなことを口走ってしまう。
しかし、揉みあっていた二人に奏の声ははっきりと聞こえなかったようだ。
「本当にガラって呼ぶけど?」
「マジで! やった!」
「……リゼットに駆除を頼もう」
スリーが虚ろな声で不吉なことを言いはじめる。ガラを睨みつけていたはずなのに、いつの間にか無表情に戻っているのが怖い。
「リゼットは何でも屋か」
ガラは自分が駆除されそうになっているとは思わず暢気なことを言うが、奏は戦々恐々としてスリーに視線を移す。リゼットを使おうとするあたりに本気がうかがえる。
「リゼットは忙しいみたいだよ」
「仕方ない。俺が──」
「仕事でもないのに怖い目つきやめろよなぁ」
ガラがかぶせ気味にスリーの言葉を遮る。今にも殺人が行われそうで怖い奏は、ガラの援護を諦める。
奏が収拾のつかない事態に頭を悩ませていると、
「あ! やばい! 団長に殺される!」
時間を気にしたガラが叫び声を上げた。
「スリー! 確信犯かよ!」
「天罰だ」
スリーが淡々とした調子で言う。ガラがスリーにむけて拳を繰り出したが、簡単に避けられている。
「てめぇ! 交代してやらないぞ!」
「じゃ、あの話はなかったことになるな」
「それだけはやめて!」
ガラがスリーに泣きついた。騒がしい人だ。
「急がなくていいのか?」
「話を長引かせたのは誰だよ!」
「おまえだろ」
「くそっ! カナデちゃん、また今度! スリー抜きで飯に行こう!」
ガラは奏にそう言い残すと慌ただしく去っていく。どさくさ紛れに食事に誘われたが返事を返す間もない。
隣にいるスリーが静かすぎると思い、奏はそっと視線を向ける。
(怖いー!! 見るんじゃなかった!!)
スリーは相変わらず無表情だったが、眼だけはギラギラと怒気を放っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます