第16話 賑やかな日の締めくくり

 数日たったある日、リゼットがウキウキとしながら言った。


「カナデ様! 街に出掛けませんか?」

「いいの?」


 引きこもってばかりなので外へ行きたい気持ちはあるが、そんなに自由に出掛けられるのだろうか。

 奏は確かに自由を制限されているわけではないが、それでも好き勝手出歩くには抵抗がある。何しろ国の重要人物と認識されている。

 ただ、いまだにどんな役割を期待されているかは不明のままだが……。


「退屈なので、ゼクス様に強請りました。フレイ様とその他大勢の護衛をつけることで許可するそうです」

「その他大勢? そんなにゾロゾロと歩いたら迷惑にならない?」

「大丈夫ですよ。気配を察知されても誤魔化すことが得意な護衛ばかりです!」


 リゼットはごく当たり前のことのように言うが、この国の護衛はおかしい。誤魔化すことが得意とはどういうことだろうか。

リゼットを筆頭に侍女も変わっているから、疑問に思ってはいけないかもしれない。下手につっこめば、知らなくてもいいことを知って後悔しそうだ。


「ゼクス様がご一緒できないのは残念です」

「王様が一緒なんて目立ってしょうがないよ」


 たとえお忍びであったとしても、あの美丈夫が目立たないわけがない。女性の目はおろか、男性の目さえ釘付けにしかねない美形ぶりだからだ。

 落ち着いて楽しむことはできないだろう。下手すれば、囲まれて身動き取れなくなりそうで恐い。


「迎えが来たようですよ」

「あ……」


 フレイが姿を見せた。

 奏は数日経っても気まずさを感じていた。動揺する気持ちを隠して接するのが精一杯だ。

 そんな奏の動揺を知ってか知らずか、フレイに普段と変わった様子は見られない。


「よく許可がでたな」

「それは当然です。もぎとりましたよ!」


 リゼットが張り切って声を上げる。


「なるほど。で、どこへ行く?」

「片っ端から見てまわろうと思っています。カナデ様の体力の続く限り!」

「はは、リゼットについていけるか心配だよ」


 退屈とは縁のなさそうなリゼットも外出はかなり楽しみな様子だ。奏をダシに一人でも楽しみそうな勢いがある。

 リゼットは奏に付き合ってどこにも出掛けていないから、それも仕方ないのだろう。


「護衛は俺だけってことはないよな?」

「ええ、心配はありません」


 護衛は奏の目につかないように配置されていた。気配は感じられなかったが、リゼットが「心配ない」と言うのだから大丈夫そうだ。


「俺は護衛対象が問題だと思うな」

「それはカナデ様の行動が読めないからですね」


 二人が結託して奏を扱き下ろす。口を尖らせている奏にフレイが追い打ちをかける。


「珍獣は動きがちょこまかとしているからな。ああ、はぐれないように注意してくれよ?」

「……大人の女扱いをする気はないと?」

「大人の女ね……」


 つい数日前に子供扱いされたばかりで奏は憮然したが、フレイに意味深な視線を向けられてドキリとする。


「時間が押しています! 行きましょう!」


 微妙な空気がリゼットによって散らされる。狙っていていたかのようなタイミングの良さに、奏は「助かった」と安堵した。


「わぁ、賑やかだね!」

「ゼクス様はやればできるのですよ!」


 街は活気に満ちあふれていた。治安がいいのか、そこかしこで子供たちの笑い声が響いている。そんな様子に奏は頬が緩む。

 リゼットが言う通り、ゼクスはいい王様なのだろう。人々の明るい表情はゼクスの善政を物語っていた。


「いい匂い!」

「あれは! めったに販売されないというトバーの串焼き!」

「美味しそうだね」

「ああ、なんてこと! 売り切れ必死のレットが!」


 トバーは牛に似た生き物で、臆病すぎて滅多に遭遇できないらしい。臆病なわりに一度暴れはじめると手がつけられないという、捕獲困難さでも有名だそうだ。そのため屋台でも滅多にお目にかかれない絶品グルメなのだという。

 それ以上にリゼットが眼を輝かせたのが、レットという食べ物であった。見た目はパイナップルに似ているが味はチョコレートという不思議な果物や、イチゴのような見た目で牛乳の味がする果物をクレープのような薄い生地に挟んだスイーツだ。

 売り切れ前にリゼットが死守してくれたお陰で、奏は堪能することができた。「売り切れ必死」というだけあってとても美味しかった。


「やけに詳しいな」

「フレイ様もいろいろとご存じですよね?」

「まぁ、知らないでもない」


 フレイが得意げな顔をする。リゼットの目がキラリと光る。


「幻のブラパ焼きは食べたことあります?」

「ああ、売っているやつじゃないが、狩って食べたな」


 興味津々に店を物色していた奏は、騎士とは不釣り合いな言葉を耳にして立ち止まる。


「狩る?」


 城で訓練している騎士の姿しか見たことはなかったが、まだまだ奏の知らない実態がありそうだ。


「畑を荒らす害獣が多いから、遠征時は発見したら積極的に狩ることになっているな」


 奏は騎士団のワイルドな一面に驚いたものの眼を輝かせる。


「私も狩りに──」

「それ以上続けたら、お前を狩るぞ、珍獣」


 奏は珍獣呼ばわりされてフレイを睨みつけたが、息をのむと回れ右をする。


「じょ、冗談だってば」

「笑えないな」


 フレイは「笑えない」と言いつつ笑っていた。ただし、眼は少しも笑ってはいない。


「騎士団の頑張り次第で城の食卓が潤いそうですね。次はぜひブルーリールをお願いします!」

「狩れるか!」


 リゼットのリクエストは拒絶された。「狩り」と聞いてから、涎をたらさんばかりにフレイを見つめていたのは、そういう訳だったらしい。

 騎士団を狩りに行かせたいと思っていることが見え見えだ。


「ブルーリールって?」

「トバーの上をいく美味しさらしいです」


 トバーの串焼きは、食べ歩きをするには不向きなため、まだ食べていない。夕食に間に合うように城へ届けてもらうことになっているので、奏は今から楽しみなのだが、それ以上の美味しさと聞いて興味をそそられる。


「騎士団なら狩れる人いそうなのに」

「無理いうな。あれは害獣レベルじゃない」


 フレイはブルーリールの群れに遭遇したことがあるようだ。その時のことを思い出したのか顔色がだんだん悪くなっていく。


 ブルーリールの性質はどの獣より恐ろしいという。どんな生き物だろうと獲物と定めたら最後、集団で弱るまで追い回して、確実に仕留めるのだ。

 しかも恐ろしく獰猛で、身体から青い高熱の炎を吹き出す厄介な獣で、騎士団では「狩るなど無謀」と危険視されていた。

 そんな恐ろしい獣を「狩ってこい」と言うリゼットは、美食に取りつかれているとしか思えない。


「仕方ありませんね。レッディテイルで妥協しましょう!」

「あれならなんとか……」


 フレイはリゼットの口車に乗せられそうなっている。このままでは確実に狩りに行かされるのではないとか奏は心配する。


「レッディテイルも美味しいそうですよ。楽しみですね、カナデ様!」

「……善処しよう」


 リゼットが勝利した。フレイが気の毒な気はしたが、奏はご相伴にあずかれるなら反対する理由はなかった。





 美味しい食べ物と楽しい街並み。珍しい品々が所狭しと並ぶ店を、奏は心行くまで見てまわる。どれもこれも見たことがないものばかりで、いつまでも飽きそうにない。


「あの店って……」


 奏は気になる店を見つけた。今まではリゼットが用意してくれていたが、選べるものなら自分で選びたいと思っていた物が置いてある。


「下着屋ですね! 行きましょう!」

「フレイ! 行ってくるね!」


 さすがに下着選びまでフレイを付き合わせるわけにはいかないと、奏はフレイを置いて行こうとする。


「おい、待て!」

「え、フレイもお店に入るの?」

「馬鹿か。外で待っているに決まっているだろ!」


 フレイは顔を赤くして抗議する。


「護衛の俺を置き去りにしてどうする。慌てる必要はないから落ち着いて行動しろ」

「ごめん、すぐに戻ってくるから」

「俺のことは気にするな」


  フレイには悪いが、買い物を楽しむのは久しぶりだから、時間の許す限り楽しみたかった。

 奏はいそいそと下着屋へ入っていく。


「いろいろな種類があるね」

「ここは品揃えが豊富なのですよ」


 奏は下着を手に取り驚愕する。


(紐パンじゃない!?)


 リゼットが用意する下着は必ず紐パンだ。これが世界の常識ならば仕方ないとこれまで我慢してきたが……。


「リゼット! どうして紐パンを持っているの!?」


 リゼットは紐パンを物色中だ。定員も巻き込んで念入りに選んでいる。


「これならカナデ様に似合いそうですね」

「色が白いですから、よく映えますよ」


 リゼットと店員がにこやかに紐パンを勧めてくる。


「カナデ様はどちらがいいですか?」

「紐パンの二択!?」


 どうやらリゼットは紐パン以外を選ぶつもりはないらしい。両手に紐パンをもって、奏に選択を迫る。


「私はこれがいい!!」


 奏は近くの下着をガッと掴むと、リゼットの目の前に突き出す。普通の下着が履きたい執念でリゼットに迫る。


「あら、カナデ様は大胆ですね! それは一部が透けているのですよ?」

「は? 透け?」


 奏は慌てた。よく見ずに掴んだけれど、リゼットがいうように確かに透けている。とくにヤバイ箇所が……。


「じゃあ、これは……」


 と別の下着を手に取るが、


「それはスリットが入っていますね。カナデ様にはお薦めできません」


 リゼットに眉を潜められる。


「普通の下着はないの……」

「ですから、これが一番普通なのですよ」


 リゼットが両手持っている紐パンをひらひらと動かす。

 奏はガクリと首を垂れる。


「……どっちも素敵です」

「では購入しましょう!」

「毎度有難うございます!!」


 定員の喜びの声が店内に響き渡った。


「自棄に疲れた顔してないか?」


 嬉しそうに下着屋へ入っていった時とは違った奏の様子にフレイは怪訝そうな顔をする。


「この国の女性の積極性を垣間見ただけだよ……」


 紐パンの一択を迫られた疲れで奏は遠くをみる。紐パンが普通であることに理解は示せそうにない。


「カナデ様は奥ゆかしいのですね!」

「冷えは女性の敵ということを知らしめたい!」


 心もとない下着に物申す。すぐに脱げそうな下着は奏にとっては敵だ。


「今日は暑いくらいだぞ?」


 初夏を思わせる気候で過ごしやすいことがセイナディカの特徴だ。日本のように四季はなく、気温も大きく変わらず一定を保つ。

 ただし、短期間ではあるが雨季があり、その時ばかりは気温はぐっと下がるという。

 過ごしやすい気温と舐めていたら冷えには対処できない。女性というのはそういう生き物であることを奏は力説したかった。

 そんな奏の主張は晴天の空を見上げているフレイには通じていない。

 ボーッと太陽の光を浴びているフレイ。奏は話しをまともに聞いてくれないフレイに意地の悪いことを言う。


「フレイは案外ああいうのが好きだったりしてね」

「ああいう?」

「透けているとか、スリット入っているとか」


 イヤらしい下着の構造を教える。フレイの目が動揺で左右に揺れる。


「な、何の話だ!?」

「下着の話だけど」


 動揺するフレイにしれっと奏は答える。


「……カナデ、買ったのか?」


 想像でもしたのか、フレイの顔が赤く染まっていく。


「カナデ様。誘っているのでなければ、下着の話はやめておくことを推奨します」

「う、そうだね。二度と言わないよ」


 口は禍の元だ。迂闊なことを言って、またフレイとギクシャクしたくはない。


「そろそろ帰らないといけませんね。ゼクス様が心配しすぎてどうにかなる前に」

「リゼットは王様にどう言って外出許可とったの?」

「『退屈で死にそうです』と言いました」


 ゼクスが気の毒すぎる。王を言葉一つで頷かせるなどリゼットにしかできない。

 リゼットを退屈させると碌な事をしないと学習済みで、抵抗せずに被害縮小を狙っていた可能性はある。ゼクスはそのくらいの計算はしていそうだ。

 まだ日は高いが十分に楽しんだのだから、名残惜しくても帰るべきかも知れない。ゼクスの心労を増やさないために。

 それに夕食にはトバーの串焼きが食べられる。


 奏はトバーの串焼きの香ばしい匂いを反芻していたが、急に身体を強張らせた。嫌な予感がして咄嗟にリゼットを引き寄せる。


「危ない!!」


 警告の声がした瞬間、奏の眼前を凄まじい勢いで走り抜ける人影があった。

 そして、その人影は数メートルも進まないうちに、後ろから追いかけてきた集団に捕まり引き倒される。

 奏はその光景を唖然として見つめていた。リゼットを引き寄せなければ巻き込まれるところだった。


「暴れるんじゃねー!!」

「くそが! 離せ!!」

「てめー!! 逃げられるとでも思ってんのか!!」


 こんな近くで乱闘がはじまってしまった。奏はフレイによって安全地帯まで後退していたが、下手に動くと巻き込まれそうでジッと様子を窺う。


(ギャングの抗争!?)


 柄の悪い男達が暴れまわっている。逃げようとする男を数人の男達が捕まえようとしているが、正直どちらも悪人にしか見えない。


バキ! ドカ! ガツン!!


「お騒がせして申し訳ない!」


 どうやら決着がついたようだ。追われていた男は拳で黙らされたようでぐったりとしている。

 奏は騒ぎを聞きつけた住民に謝罪をしている男達をチラリと見た。

 よく見ればみな同じ服を着ているようだ。着崩しすぎて原型がよくわからないが、黒の制服に見えないこともない。全員が同じ赤い腕章をしているところから彼らが何者か予想できなくはないけれど、あまり信じたくはない。


「兵団が犯罪者を追っていたらしいな」

「あ、やっぱり……」


 街の治安を守る兵団に間違いないらしい。奏は自分の予想が当たってしまって微妙な気持ちになる。

 治安を守るどころか逆に脅かしかねない破落戸集団に見える。制服(たぶん)を着ていなければ、真っ先に取り押さえられていたのは彼らのほうだろう。


「お嬢さん方、怪我などはないか?」

「寸前で回避したので大丈夫です」


 兵団の男が声をかけてきた。先頭で指揮をとっていた人物だ。彼は比較的ましな恰好だったが、迫力は半端ない。ついでに色気も半端ない。


(ちゃんとボタンをとめて欲しい)


 制服を着崩すのは自由だが、これはいただけない。制服の下から除く白いシャツは、胸元の半ばまでボタンが外されていた。もりあがった胸筋がバッチリ主張している。


「ううっ」

「リゼット!? どうしたの!?」


 リゼットの呻き声に、奏は遠くなりかけていた意識を取り戻す。筋肉フェチではなかったが、それでも眼が釘付けになっていた。


「すみません。連れが調子を崩したみたいで」

「それは済まなかった。お嬢さんには刺激が強すぎたようだ」


 リゼットは奏に縋りついている。震えているのが伝わってきて奏は焦りを感じる。


「お前ら! 速やかに撤収しろ!!」

「了解!!」


 兵団は号令とともに颯爽と去って行った。


「リゼット、大丈夫?」

「すみません。私としたことが取り乱してしまいました……」


 リゼットにも苦手なことがあったようだ。動揺するなんて珍しい。


「は! いけません、トバーの串焼きが私を待っています!」

「え、もう元気になったの?」


 奏はリゼットの変わり身の早さに唖然とする。


「英気を養わなければ、あれには対抗できません!」

「何に対抗する気だ?」


 フレイは呆れ果てていた。何がリゼットを奮起させているのかは謎である。


「……帰ろうよ」

「そうだな」


 今日は楽しく充実した日であったが、とにかく疲れたと二人は思ったのだった。

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