第15話 恋バナは遠慮したいので
フレイの態度がどこか今までと違う。奏は違和感を拭えなかった。はっきりどこが違うと言えないことが、また悩ましい。
「珍しいな、今日は髪をあげているのか?」
「リゼットに遊ばれた」
「いいじゃないか。新鮮だ」
というごく普通のやり取りになのに、身体がなんだかムズムズするような居心地の悪さだ。
「髪は伸ばさないのか?」
「面倒くさいからいい」
長い髪は憧れなくもないが、奏は肩から先に伸ばそうとは思わなかった。洗って乾かすのに時間がかかり過ぎる。身体を冷やすまねを誰が進んでするものか。
「綺麗なのにもったいない」
その綺麗だという髪をぐしゃぐしゃに乱すのは一体誰だったか。
「……ショートにしようかな」
「ショート? どういう意味だ?」
「短くしようかなって」
「褒めたとたんにそれか」
フレイがハァーッと長い溜息をついた。
(フレイが褒めた!?)
違和感の正体がなんとなくわかった。以前に一度だけ褒められたことがあったが、明らかに社交辞令だった。
リゼットに女心の機微が分からない男と認識されているのに、自然に褒め言葉を使うとか、どうかしてしまったに違いない。
それとも何かの罠なのだろうか。
「罠とか考えたか?」
「そ、そんなことは考えて──」
「考えたな」
フレイに言葉を遮られる。
奏は意外と表情が顔に出やすい。フレイに話題を広げられたくない、と思ったことを感づかれたのかと思い、内心で冷や汗をかく。
何となく嫌な会話の流れになっている気がする。
「俺は好きな相手を褒めない男じゃない。覚えておけ」
「キャー!!」
リゼットの奇声に「邪魔しているのか」とフレイがボソリと呟く。
「味方になれとはいわないが……」
「すみません。ついうっかり心の叫びが! 次からは静かに姿を消します。いえ、気配を殺します!」
リゼットがニヤニヤしている。
「カナデ様はフレイ様の好きな人が知りたくありません?」
「……どうかなぁ」
気にならないと言えば嘘だけれど、あまり聞きたいとは思わない。
奏は故意に恋愛話を避けていた。こういう時に話に食いつくようなことを言ったら墓穴をほる。
しかし、奏が避けて通りたい話題をリゼットが広げてしまう。
「フレイ様、気になります! もったいぶらずに、さあ!」
「リゼットって、本当にぶれないよね」
「フレイ様は聞いて欲しいはずです! とくにカナデ様には!」
「そんなことないでしょ」
フレイは好きな人が出来たとしても隠すタイプだ。だから、フレイがリゼットの会話に乗るなんて思っていなかった。
「言って聞かせるべきか?」
「言い過ぎということはないと思いますよ」
「ならいいか。カナデ、ちゃんと聞けよ」
奏はフレイの強すぎる視線に怯む。「聞きたくない」と言う前にフレイが口を開く。
「正直言えば、色気が足りないな。ときどき性別を疑うくらいだ」
「え?」
「それに落ち着きがない。いつも心配でハラハラする。なるべく早く花嫁修業をはじめないと手遅れになりそうだ」
フレイは淡々と好きに相手について語る。奏が訝しげにフレイを見る。
「好きな人の話だよね?」
「そうだが、違って聞こえたか?」
「……続けていいよ」
奏は肩をすくめて続きを促す。ここまで聞いてしまったら、聞かないというのはどうしても不自然過ぎるからだ。
フレイは奏に言って聞かせるように声を強める。
「弱音を吐かないうえに頼りもしない。強がっていることがまるわかりなのに可愛げのない女だ。俺は不甲斐なさを感じて仕方ない」
好きな相手に対する言葉にしては辛辣だ。
「まさか好きになるなんてな。今でも何の冗談だと思っているが……」
フレイが押し殺していた想いを吐き出すように言った。
「好きなんだよね?」
「ああ、好きだ。もう眼を離したくない。他の男に触れさせたくない。俺に依存すればいい」
「はい?」
フレイの強すぎる執着に奏の顔が引きつった。
(なんか怖いことを言っているけど、フレイって執着系?)
どちらかというと恋愛には淡泊そうにみえるフレイの意外な一面を知ってしまった。
「カナデ、俺は頼りないか?」
「そんなことはないと思うけど……」
どちらかといえばフレイは頼りがいがある。少し強引なこところはあるが、無理強いをする性格ではない。
「俺に触れられるのは嫌か?」
「い、嫌だと思ったことない」
なぜか矛先が自分に移って、奏は挙動不審になる。ちゃんと答えられているかさえ分からない。
「カナデ、俺が怖いか?」
「こ、怖くない」
本当にそうだろうか。フレイの視線が熱を帯びてくる様子をつぶさに感じて、奏は視線を合わせることができない。
奏はうつむいた。身体が硬直してフレイが近づいてきても動けない。
「カナデ、俺を見ろ」
至近距離でフレイに囁かれた。それでも奏はうつむいたままだ。
フレイの手が髪に触れる。いつものように髪を乱されるかと思えば、髪飾りを引き抜かれた。
「髪を伸ばせばいい」
「そんなこと! フレイの美人な恋人にお願いすれば!」
奏は緊張感に耐えられず叫んだ。口説く相手を間違えている。
「美人じゃない。恋人でもない。俺の片思いだ」
「うそ……」
「口説けば逃げる。どうしろっていうんだ」
「そんなこと知らない!」
フレイが近い。優しく髪をもてあそぶ感触に心臓は音を立て続ける。
奏は激しい動悸に眩暈を起こしそうになる。
「お前、本当に子どもだな」
フレイの呆れ返った声が頭上から聞こえる。
硬直した奏の頭をポンポンと叩くと、フレイは奏から離れていく。
(びっくりして腰が抜けた……)
奏は去っていくフレイの背中を茫然としたまま見送る。姿が見えなくなるとへなへなとその場に座り込んだ。
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