第14話 やっぱり敬称をつけて呼ぶべき?

 スリーが訓練場に姿を現すと、騎士達は驚きに騒めいた。


「副団長どうしたんですか!?」

「元だよ。間違えないで」

「任務中ではなかったですか?」

「休暇中だよ」


 スリーは騎士達に慕われているようだ。次々と声をかけられている。

 そのうち「訓練をつけてくれ」と要請されて、困った顔をしていたが、何かを思いついて騎士達に頷く。


「いいよ。たまには本気を出すかな。カナデ様、見ていて?」


 奏は、スリーの視線に有無を言わせぬ圧力のようなものを感じて、コクコクと頭を縦に振る。

 スリーの本気を感じた騎士達は蒼褪めている。奏は見てはいけないものを見てしまった気分になる。


「フレイ、見学していい?」

「……勝手にしろ」


 隣にいたフレイの表情は険しい。拳を握りしめて、ギリッと音をたてて歯を食いしばっている。


 スリーと騎士達の打ち合いが始まった。スリーは一度に何人もの騎士の相手をしているが、誰一人としてスリーに木剣を当てることはできていない。

 圧巻としか言いようのない光景に奏は見入る。

 スリーはたいして動いているように見えないが、騎士達の剣筋を見切ってヒョイヒョイと避けている。すれ違いざまに足を引っかけると騎士達は面白いように転がっていく。

 騎士達は頭ではわかっているようだが、スリーの動きを避けられない。何度も挑戦していくが、息を乱しているのは騎士達だけでスリーは涼しい顔をしている。


(副団長をどうして辞めたのかな)


 奏は不思議で仕方なかった。実力もある上に騎士達に慕われている。左遷とか降格という感じでもない。別の任務があるようなことを言っていたけれど、副団長をやめる必要があったとは思えない。

 実際に騎士達の認識では、まだスリーが副団長なのだ。本人は否定しているが、騎士達は「元副団長」と決して呼ばない。


「面白いことになっていますね」

「リゼット、来たの?」


 訓練場にリゼットが顔を出した。楽しいことを嗅ぎつけたと言わんばかりにスリーと騎士の攻防を眺めている。


「情報が入りまして。面白そうなので見に来ました」

「情報? 侍女って騎士団のことまで把握しているの?」

「侍女はそんなものですよ」

「ええー!」


 奏は侍女の能力に空恐ろしいものを感じた。この国の侍女は諜報活動でもしているのだろうか。実は裏で国を牛耳っているなんてことは……。恐ろしい想像をしてしまった。


(きっと「家政婦は見た!」的なあれで……)


 奏は何とかして不穏な想像を散らそうと首を振る。


「あれ? リゼット様?」


 スリーが大して書いていない汗を拭きつつ、奏の元へやってくる。リゼットの姿を見つけて驚く。


「スリー様。ここでは『リゼット』と呼び捨てにしてください」

「あ、しまった!」


 スリーが敬称をつけてリゼットを呼んだ。

 スリーとの打ち合いで惨敗して動けなくなった騎士達は、親しそうなリゼットとスリーを見比べて絶句している。


(あ、この人は知っているんだ)


 奏はその理由を知っていたから、あまり驚きはしなかった。


 リゼットとゼクスがイトコ同士ということはあまり知られていない。騎士達が驚くのも無理はないだろう。

 二人の仲がいいことは周知の事実だが、それは恋人同士として認識されているようであった。ゼクスを恋敵として挑戦する勇者は、今のところ存在していない。

 それがスリーの登場で騎士達に大きな誤解を招くこととなる。


「副団長!? 横恋慕ですか!」

「は? 何のこと?」


 スリーは意味が分からず目を見開く。


「リゼットちゃんは可愛いですから、気持ちはわかります!」

「え? リゼットが可愛いのは認めるけど、そういうんじゃ……」


 スリーは次々に浴びせられる騎士達の言葉に困惑している。そんなスリーの困惑をよそにリゼットがスリーに声をかける。


「スリー様。訓練場にいらっしゃるなんて珍しいですね」

「ああ、カナデ様がいるからね」

「そうですか。は!? もしや昨日の……」

 

 スリーの答えにリゼットが息を呑む。得心がいったようにスリーへ視線を送る。


「口に合ったようで良かったよ」

「……いつの間にカナデ様の好みを把握したのでしょう。こんなところに伏兵がいたとは驚きです。スリー様、意外とやりますね」


 リゼットとスリーが謎の会話をしている。


 奏はそんな二人の仲の良さが騎士達の誤解を招く原因に違いないと二人にジッと視線を注ぐ。ただし、それが本当に誤解かどうかは微妙なところで勘ぐってしまう。


「カナデ様は強い男性はお好きですか?」

「え?」


 リゼットが急に話題を転換する。ふられた奏は戸惑う。どうして好みの話になったのだろう。


「たぶん、好きかな?」


 嫌いではない。けれど、はっきり好きと言えるほどでもない。奏は曖昧に答えた。


「スリー様! 良かったですね!」

「それリゼットの好みじゃなかったっけ?」

「ここにも朴念仁がいたとは……」


 スリーの答えにリゼットはガックリとしている。


「カナデ様は強いから好きだな」


 奏は二人の会話についていけずにいたが、スリーから妙な告白をされて複雑そうな顔をした。


「強くないですが……」


 「強いから好き」と言われて嬉しい女性がいるとでも思っているのだろうか。


「リゼット、否定されたよ!?」


 奏の言葉に拒絶を感じ取ったスリーが大慌てでリゼットにすがりつく。リゼットといえば、哀れみのこもった眼でスリーを見ると、容赦ない駄目だしをする。


「スリー様! やり直しです! 出直してきてください!」

「え、間違った? いったいどこが……」


 リゼットの駄目だしはスリーに通じなかった。リゼットの視線が冷たくなっていく。


「カナデ様、撤退です!」

「あ、うん」


 スリーに呆れ果てたリゼットに半ば引ずられるようにして、奏は訓練場を後にしたのだった。





 スリーの凄さを目の当たりにして、フレイは悔しさよりも敗北感に歯噛みした。

 奏はスリーを食い入るように見ていた。それはまるで英雄を目の前にしているかのようで、フレイは声をかけることができなかった。

 あれだけ大勢の騎士を一度に相手にして息も切らさない。それどころか余裕すら見せつけていた。「本気だ」と言いながら決して本気などではなかった。

 噂以上の強さだ。認めざるを得ない。


(第二騎士団は副団長の後任を決めていない)


 なぜスリーが副団長を辞したのか、その理由は誰も知らない。突然のことに第二騎士団はいまだに反発をしているようで、ゼクスに直談判しそうな勢いだという。

 フレイの所属する第一騎士団でも第二騎士団の混乱ぶりは噂されているくらいだ。

 スリーがすぐに遠征へ行ってしまったため、騒ぎは一時鎮静化したようだったが、訓練場へ姿を見せたことで帰還は知られてしまった。また騒がしくなるかも知れない。

 スリーは目立つ存在だ。強さだけでなく騎士達の信頼も厚い。そんな存在が帰還後すぐに奏と接触した。偶然だろうがそれにしてはやけに馴れ馴れしかった。


(どうしてカナデに近づく!?)


 スリーが帰還していることを知らずに、奏への接触を許してしまった。

そもそも「師匠になって欲しい」と迫る奏を一蹴したはずなのに、いまさら一体どういうつもりなのか。

 考えてもわかるはずはないが、フレイは考えずにはいられなかった。気がつけばそのことばかり考えてしまっている。

 警戒していたはずなのに、スリーはあっさりと奏の髪に手を触れた。奏がろくに抵抗しないのをいいことに無遠慮に触れ続けた事実は、フレイを怒り狂わせるには十分だった。


「カナデに触れるな!」


 フレイはハッとした。無意識に口走った言葉に茫然とする。

 一体いつから独占欲を持つようになったのか。奏の隣にいる男は自分だけだと、どこか当然のように思っていた。それまではただ単に、危なっかしい奏の面倒を見なければいけないと思っていただけに過ぎない。

 それが根本から間違っていたとフレイはこの時になってやっと気づいた。

 指導役でもない、保護者でもない、ましてや友人と一度たりと思ったことがない。


(とっくに好きになっていたってことか)


 フレイは自分の鈍さに呆れ果てる。こんな調子だからリゼットが言葉を濁すはずだ。

 確かに恋愛は二の次だったことは認める。付き合ったことがないわけではないが、それもすぐに終わるような浅い付き合いばかりでそれ以上発展することはなかった。

 フレイは相手に対して情熱が持てなかった。それは相手にも伝わっていたから破局は早かった。

 過去のことはいまさらだ。


(カナデに「好きだ」と言って伝わるか?)


 奏はリゼットより厄介だ。リゼットは自分の好みの範疇外の男に意識が向かないというだけで、恋人を作りたくないとか、男が苦手といったことはない。きっと気に入る相手が出来れば結婚は早いだろう。

 けれど奏は意識して恋愛を遠ざけている節がある。今まで気にならなかった理由は、奏を恋愛感情抜きで見ていたからに過ぎない。

 恋愛話に発展しそうになると不自然なくらいの話題転換をしていたと、恋愛対象としてみていれば、気づけていたはずだ。

 考えてみれば、奏の異性の好みはおろか、過去に恋人がいたかどうかも知らない。

 リゼットとそういった話をしている可能性はなくはないが、二人が恋愛話に盛り上がっている姿は想像できない。

 恋愛の手練手管などフレイは持ち合わせていない。となれば、真正面から口説き落とす以外の道はなさそうだ。


(男として意識されてないわけでもないか?)


 ゼクスから夕食に招待された時のことを思い出す。滅多にすることのない正装をしたが、その時の奏の反応はいつもと少し違っていた。褒めることこそなかったが、しばらく見惚れていたようだ。

 その後すぐに普通に戻ったから気にも留めていなかったが、眼中にないわけではなさそうだ。


(簡単に逃がす気はないけどな)


 奏に異性として意識されるのは前途多難だろう。それでもフレイは諦めるという選択肢を持つことはなかった。

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