第9話 やせ我慢は慎重に
ゼクスは、奏に怯えられている事実に溜息をついた。
奏は食事も進まない様子で、終始神経を尖らせているようだった。
「ゼクス様。カナデ様とはお会いにならないほうがいいのでは?」
心配したリゼットがそう言ってくるが、ゼクスは苦り切った表情で言葉を返す。
「事態は悪化している。いつまでも動かないわけにはいかない」
「ですが、無理強いはできません」
「そこが問題だな」
奏を追い詰めるようなことを言うと必ず邪魔が入る。
ゼクスがそのことに気付いたのは、ごく最近だ。
初対面で逃げられるような態度をとってしまったことを悔やんでいたから、奏に無理強いすることは控えていた。
そうしているうちに時間がたってしまい、状況はあまり良くない方向へ進んでいってしまった。
奏の召喚はそれほど大々的に行ってはいないものの、居合わせた者達は多い。
ゼクスの奏への対応は、国の救世を待ち望んでいたその者達から批判を受けるまでになっていた。
王が動かないならと、奏に直接会おうと画策する者さえ現れる始末だ。
ただそれは、何かに邪魔をされて悉く失敗に終わったようである。
「何かに守られているようだ。カナデの意思を無視するような行動は難しい。それにカナデを害することも当然だが不可能だな」
「カナデ様を害するなど、ゼクス様はしないでしょう?」
「ないとは言い切れない」
「ご冗談を」
リゼットはゼクスの言葉を一蹴した。
「冗談はさておき、どうしたものか。せめてきちんとした護衛をつけてやりたいが……」
奏を守る力は悪意のあるなしに関係なく、奏の本意としないことを排除するように動くようだ。
味方であっても、ゼクスのように強引に物事を進めようと画策すれば、途端に邪魔される。十日も奏と顔を合わせることさえ難しくなるほど、仕事に没頭しなければならない羽目になるとは……。
王の仕事はたしかに頭がおかしくなるほど忙しいが、一人の人間に会おうと思えば、それくらいの時間は作れるというのに、奏にはどうしても会うことができなかった。
リゼットのように、純粋に奏を慕って傍にいる者にとっては、嘘のような話だろう。苦も無く、毎日のように顔を合わせることができる。
フレイも当然そうであった。奏に会うのに邪魔されることがあるなど、考えたこともないだろう。
ゼクスが十日ぶりに奏の顔を見ることができたのは、単純に奏が元気でいるか心配で、夕食に招いたからに他ならない。余計なことを考えないようにしていたからだ。
政治的思惑さえなければ、奏に会うことは容易だ。今回のことでそれは証明された。
ただ、今回は途中で奏を探ろうとしたのは失敗であった。
奏と会えば探りを入れそうになるゼクスは、そうしないための保険にフレイ・オーバーライトナーをリゼットの提案で同席させた。それはやはり間違いではなかったようだ。
「カナデ様に知られないようにすればよろしいのでは?」
「いや、知られた時にどうなるか予測できない」
騎士団長のパトリスが、奏の力を試すような真似をした時、地震が発生したことはゼクスを震撼させた。
奏とは無関係で起こった地震かも知れないが、タイミングが良すぎた。
そして、被害がほぼなかったという事実も、この地震がいつものように発生する地震とは質が違うと疑わざるを得ない。
「しばらくは騎士団の預かりとするしかないか」
騎士団と共にいるのなら、不測の事態に対応することは可能だろう。
奏の事情を知らない騎士達だが、ゼクスにとっては頼りになる存在だからだ。
騎士団長はあの地震以来、やはり奏と会えないらしい。ほぼ毎日のように、奏が訓練場で訓練にいそしんでいるにも拘わらず。
奏の様子はリゼットに報告してもらうしかないだろう。これまでのように……。
「今日はカナデ様に会えて良かったですね。滅多にドレスは着てくれないのですよ」
本当に貴重だと力説するリゼット。
「ああ、綺麗に仕上げたな」
ゼクスは満足そうに頷く。奏は飾り甲斐がある素材だ。
「もう! ゼクス様はすぐ誤魔化すくせ直してください!」
「ドレスは届けさせる。それで問題ないだろう?」
「む、ドレスは当然です。次は綺麗すぎてみとれるくらいにしてみせます! ゼクス様はカナデ様に跪くといいですから!」
「おいおい、お手柔らかに頼むぞ」
ゼクスはまだ独身だ。リゼットが、奏を王妃にと画策していることは知っているが、このままでは進展のしようがない。王である以上、奏に対して純粋な気持ちだけで接することはできないからだ。
リゼットに言わるまでもなく、ドレス姿の奏は驚くほどに美しかった。
騎士と一緒に訓練している姿を一度だけ見たことがあるが、同一人物とは思えなかった。
リゼットから実年齢を聞いた時は大層驚いたが、奏は知れば知るほどゼクスを楽しませてくれる。
今はまだ、リゼットの望みどおりになるほどの恋情を奏に抱いてはいない。けれど、興味は尽きそうになかった。
どことなく奏に元気がないように見える。訓練に現れたときは気にするほどではなかったが、考え込んでいる姿を何度も目撃したフレイは無視できなかった。
それは王に夕食に招かれたときから感じていた違和感だった。緊張しているだけにしては様子がおかしい。
冗談を口にしているうちは、まだ良かった。徐々に口数が減っていき、食事も進まなくなってくると流石に心配になった。
フレイが部屋まで送って行けば、少しは元気を取り戻したようであった。次の日も顔を合わせれば、前日の事など忘れたようにケロッとした顔で訓練に励んでいた。
だから見逃していた。今に至るまで……。
「カナデ。お前、どこか調子悪いんじゃないのか?」
「え、なにが? どこも悪くないよ」
奏はなんでもない風を装っていたが、フレイは誤魔化されなかった。一瞬だが不自然に視線が反らされたからだ。
「今日は帰れ」
「どうして!?」
食ってかかる奏にフレイは詰め寄る。逃げようとする奏の腕をつかむ。
「……熱がある」
「体温は高めだから」
言うことを聞こうとしない奏に、フレイは舌打ちする。近くにいた騎士にリゼットへの伝言を頼むと奏を担ぎ上げた。
「は、離して!」
「黙っていろ! いつからこんな状態だった!?」
フレイは怒りのあまり怒鳴っていた。
奏が強情なのは今にはじまったことではない。様子がおかしいことには気づいていたのに、今の今まで放っておいたことはフレイの落ち度でしかない。
奏にあたるべきではないことはわかっていたが、それでも怒りを押し殺すことはできなかった。
どれだけ我慢をしていたのか。奏は、フレイに身体を預けるようにぐったりとしている。部屋についたことにすら気づいていない。
「カナデ様!」
「熱があるようだ。寝かせるから着替えを頼む」
フレイの伝言を聞いたリゼットが駆けつけてきた。
意識が
フレイが部屋を出ると入れ替わりで医者が入って行く。医者の手配もリゼットはしたようだ。
奏が体調不良のようだから「部屋へ連れて行く」と伝言しただけだが、リゼットは侍女として非常に優秀だった。
しばらくして医者が帰ると、廊下で待機していたフレイはリゼットに呼ばれる。奏の容態を話してくれるようだ。
「精神的な疲労から発熱したようです」
「そうか。それで大丈夫そうか?」
「ええ、熱はそれほど高くはないようです。ただ無理をしたようで、熱が下がったとしてもしばらくは安静だそうです」
フレイは大きく息を吐く。思った以上に動揺していたらしい。
「もっと早く気づいてやれば……」
「フレイ様。カナデ様は無理ばかりするので、察するのは難しいと思いますよ」
リゼットの言うことはもっともだった。奏はきっとたいした事はないと思っていたはず。下手をすれば倒れるまで気づかなかった可能性は否定できない。
「そうは言うけどな……」
「お気持ちはわかりますよ。カナデ様が元気になりましたら、説教されたらいいです」
「ま、それは当然だな」
「では、そちらはお任せいたします。私はそれ以外の方法で反省していただきます」
「それは怖いな……」
リゼットの怒りはフレイよりも深いようだ。説教をされる方がどれだけマシか、奏は思い知ることになりそうだ。
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