第8話 ドレスコードは
「わ! 危なかった」
「慣れてきたからって気を抜くなよ」
訓練を開始してから一週間がたつ。奏は騎士たちと一緒に訓練することに大分慣れて、今では全体の訓練に混ざることを許可されていた。
今日は久しぶりにフレイと模擬戦をすることになった。といっても、奏は木剣で攻撃してくるフレイをひたすら避けるだけだ。
「相変わらず、すばしっこい」
奏はフレイに感心されていることに気づかず、ヒョイヒョイと攻撃をかわしていく。
剣の扱いがなかなか覚えられず、危ないから持つことを禁止されたので、奏は不満だったが、身体を動かせていること自体は嬉しくて仕方ない。
「……動物か」
「ん? 何か言った?」
「なんでもない」
フレイが余力を残して攻撃している。年齢を知られてから何故か微妙に手加減されている気がする
「フレイ、疲れちゃった?」
「まさか」
「それにしては動きが鈍いよ」
「……怪我させるわけにはいかないだろ」
フレイの言い訳に奏は唖然とする。今まで女とも思っていない言動を繰り返していたというのに信じられない。
「フレイは女騎士に手加減するの?」
奏の質問の意図が分からずにフレイは怪訝な顔をする。
「それはないな」
「じゃあ、私に手加減する必要はないよ」
「手加減しようと思ってしているわけじゃない。なぜだろうな。お前を見ていると弱い者いじめをしているような気分になる……」
「え、今さら?」
奏は本気で呆れた。散々意地悪をしておいて何を言いはじめるのか。
「フレイには私がどう映っているの……」
「おかしいよな。男と見間違われるようなお前が時々女に見える。リゼットにドレスを着せられそうになって逃げ惑っている姿を見ているのに、俺はどこかおかしくなったのかも知れない……」
(どうして女に見えることがおかしいの!?)
フレイの認識がおかしい。奏は性別に疑問を投げかけられて茫然とする。
確かに普段から騎士服を愛用していて、ドレスを着ることを拒否し続けている。そんなことぐらいで酷くはないだろうか。
しかもフレイは奏が女に見えてしまうことに戸惑っている。それで手加減するつもりはないのについ手加減してしまうというのだ。
「私は最初から女だけど!」
「そうだよな。疑問の余地はないはずなんだが……」
「……もういいよ」
勝手に悩んでいればいいと奏は投げやりになる。フレイに女と認めさせることを早々に諦め、訓練に集中する。
「それより! 打ち込みが甘いよ!」
「カナデに指摘されると腹が立つな」
「そう! その調子でかかってこい!」
「……やはり俺の眼はおかしくなっていた」
奏の性別の天秤がフレイによって男に傾けられた。それを敏感に察知した奏は心の中でフレイを罵倒するのだった。
「カナデ様!」
「あれ、リゼット?」
珍しく息を弾ませてかけてくるリゼットの慌てた様子に、訓練中だった二人は動きを止める。
「何かあった?」
「訓練中に申し訳ないですが、切り上げていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいけど、どうしたの?」
「ゼクス様が夕食を一緒にどうかと」
久しぶりに聞いたゼクスの名前に、奏は少し身体を強張らせる。
最後に会話をしたのは十日も前の話だ。その時も忙しそうにしていたゼクスはすぐに行ってしまい、挨拶程度の会話しかしていない。
最近は顔を合わせることが少なく、特に呼び出されることもなかった。
奏はそのことに少し安心してしまい、このまま召喚された者の役割を果たさずにいられたらと考えてしまった。
しかし、ゼクスは優しい王だけれど、いつまでも放っておいてくれるほど甘くはないはずだ。
「いいよ。でも、まだ早くない?」
「着替えていただきたいので……」
夕食というには早い時間の呼び出しだ。それにリゼットが慌てているのもおかしい。
「ゼクス様は、フレイ様も一緒にと……」
「俺も?」
「無理にとは申しません」
「いや、行こう」
フレイはゼクスからの招待に驚いたようだが、何を思ってか断ることはなかった。
奏はフレイが一緒ということに安堵する。
フレイは召喚のことを詳しく知らない。それならゼクスが滅多なこと言いはしないだろう。
「ゼクス様も予定を無視した行動をやめていただきたいですが、時間がなかなか取れないので仕方ないと諦めてください」
リゼットらしいゼクスのフォローに奏は苦笑いする。やはりイトコ同士仲がいい。
「あ、カナデ様。ドレスを着ていただきますからね!」
リゼットのいい笑顔に、奏は引き攣った笑顔を返すほかなかった。
夕食を食べるというだけで、なぜこんなに華美な装いをしなければいけないのか。これからはじまるのは、実は舞踏会か何かじゃないのだろうか。
奏は慣れないドレス姿に重い足取りで廊下を進んでいく。
少し前に奏をエスコートするために現れたフレイも、いつもと違って正装している。
簡素な騎士服を着ている時でもカッコいいというのに、正装などしたらとんでもないことになった。もはや表現できないほどの男前になっている。
そんなフレイにエスコートされて、奏は緊張するばかりだ。
奏のドレス姿を見て「綺麗だ」と珍しく照れた様子で褒めてくるフレイにも居たたまれない。いつものような穏やかな空気は霧散して、微妙な空気になっている。
「胃が痛い……」
「緊張しすぎじゃないか?」
奏はぐったりとした。フレイがよろめいた奏の身体を慌てて支える。
「フレイみたいな鉄の心臓が欲しい」
「鉄なわけあるか。不安なら俺だけみとけ」
「そんな男前発言は求めてない……」
余裕を見せているフレイが気に入らず、奏は悪態をつく。
フレイの存在が、より緊張を増す結果になるとは思っていなかった。
「王とは普通にしていただろ」
「そうだけど……」
一国の王に向かって無茶ぶりしたこともあったが、それとこれとは話が別だ。あの時はまだそこまで深刻に物事を考えてはいなかった。
「王が苦手か?」
「そんなことない」
「じゃ、なんでそんなに嫌がる」
「ドレスが重い! まだ着かないの!」
深く突っ込まれても理由は話せない。奏は強引にフレイの会話をぶち切った。
「二人ともその恰好はどうした?」
「はい?」
開口一番ゼクスに問われたことに、奏とフレイは唖然とする。
「いくらなんでも堅苦しい」
「王様が正装しろって!」
「そんなことを言った覚えはないぞ。……ああ、リゼットの仕業か」
部屋の隅に控えているリゼットを見て、ゼクスが苦笑しながら言った。
リゼットはそろりと奏たちの視界に入らないように移動している。
「リゼット!?」
フレイは合点がいったとばかりに頷いている。何かおかしいと思ってはいたようだ。
「フレイ! 気づいていたなら言ってよ!」
「あー、別に問題ないだろ」
「そうですよね! カナデ様のドレス姿を見られて感謝していますよね!」
フレイの援護射撃ともいえる発言に、リゼットが喰いつく。若干の強引さは否めない。
その上、ゼクスが追従して、
「綺麗じゃないか、カナデ。騎士服など無粋な恰好はやめて、いつでもドレスを着ればいいだろう。似合いそうなドレスを贈ろう」
などと言い出す。
「どうしてドレスを着せたがるの!?」
「嫌がる理由がわからんな」
ゼクスは本気で言っているようだ。奏の嫌がる素振りなど意に介していない。ドレスも冗談ではなく贈ってきそうだ。
「カナデ様ならどんなドレスも似合うと思いますが、落ち着いたドレスが好みだそうです!」
「それなら装飾品は派手なくらいでも構わないな」
「さすがゼクス様! 楽しみです!」
装飾品まで追加される。ゼクスからの贈り物は、どんなに頑張っても受け取り拒否はできそうにない。リゼットが嬉々として受け取ることは間違いないから。
カナデは諦めの境地に至る。
「大人になれ」
「うん、そうする」
フレイの慰めにカナデは素直に頷く。最強コンビに敵うわけがない。抵抗したらもっとまずいことになりそうだ。
「カナデ。久しぶりだな。元気にはしているようだが訓練は順調か?」
「まだフレイを叩きのめすには至ってないかな」
フレイに勝つことは目標にしているが、訓練をはじめたばかりで敵うわけがない。
病気の身体にしては動いているほうだ。
「どういうことだ? まさか本当に勝てないとでもいうのか?」
奏は冗談めかして言ったのだが、その言葉はゼクスには許容できないことのようだった。
奏は、探るようなゼクスの強い視線に耐えられなくなり、視線を反らす。あからさまな態度だったが、ゼクスはそれ以上追及してはこない。
「フレイ・オーバーライトナー。カナデの相手は大変だろう?」
「そうですね」
「なるほど、パトリスが珍しく褒めるわけだ」
ゼクスの関心がフレイに移り、奏はそっと胸をなでおろす。奏はゼクスの一挙一投足に身も心も縮む思いだ。
結局、その後の食事は食べた気にならず、会話を振られても奏はろくに返事をすることができなかった。
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