第7話 成人してるけど何か?

「つ、疲れた」


 奏は一人になると思わずそう呟く。

 フレイが帰ってからかなり時間がたっている。リゼットも隣の部屋へと戻っていったので、一人きりの部屋はそれまでの騒がしさが嘘のように静かだ。


 この世界に来てからまだ二日しかたっていないというのに、濃密な時間を過ごしたように感じる。

 実際、いろんな出来事が次々に起こった。息をつく暇もないというのはこういう事だろうか。奏はそれらのことを思い返して溜息をつく。


 奏はいっこうに訪れない眠気に、まだ緊張していることを知る。

 リゼットやフレイと楽しい会話をしていても、どこかで緊張を強いられていた。信用できないとかそういうことではない。

 二人のことは気に入っている。出会ったばかりなのに、昔からの気心の知れた友人といるような気持ちでいる。


(王様は何のために召喚なんてしたのかな)


 本来なら奏は召喚されることはなかった。それは断言してもいい。

 イソラに詳しい話を聞いていないから、というか教えてもらえなかったというべきか、奏はこの世界について何の知識もなかった。

 言葉が分かるから意思疎通はできる。けれどイソラの意思なのか、重要な部分は翻訳されないため肝心のことは何一つ分からない。


(イソラは療養以外のことは考えるなって言うけど……)


 ゼクスは重要なことを話そうとしていた。曖昧に誤魔化し続けていたけれど、いつまでも通用するのか分からない。

 ただ、リゼットがとりなしてくれたのか、ゼクスが無理に話をふってくるようなことはなくなった。

 地震が起こってしまったせいで、忙しくしているのだろう。昼食後はゼクスと顔を合わせることはなかった。


 そのことに奏は安堵していた。

 しかし、今日のところはリゼットやフレイの二人といることで気を紛らわせることができたに過ぎない。


(何かの役割を担うために呼ばれたんだよね。いったいなんだろう?)


 何を期待されているのだろうか。熱狂的な出迎えを思えば、何もしないでは済まされないのではないか。

 けれど、奏はどうすることもできない。期待されるだけの力がないことは誰よりも分かっているから。


(身の振り方を考えないといけないかな)


 このまま城に留まれば、いずれは役割を果たすことを迫られることになるだろう。その時になって、誤魔化しきれる自信は奏にはなかった。


(どうしたらいいのかな)


 正直にすべてを打ち明けることはできない。それはイソラに禁止されているから。命の恩人であるイソラの言葉は何よりも優先すべきことだ。

 イソラが奏のために考えたことなら、それがどんなに苦渋を伴うことになろうと信じて従うつもりだ。

 けれど本当は大きな変化に怯えている。自由に動き回れるようになった身体にも、いつ元の世界に戻れるかも分からないという現実にも。


(考えてもどうにもならないよね)


 なるようにしかならないなら、好きなように行動しよう。そうして、どうしようもなくなったら……。


(諦めたらイソラ怒りそう)


 「俺が助けた命を粗末にするな!」と言って怒鳴りそうだ。

 柄が悪いとしかいいようのない自称神様は、その見た目と違ってとても優しい。


 「通りすがりにボランティアしただけだ」と言っていたけれど、送り出してくれた時には、心配のあまり過保護としかいいようのない注意を山ほどしていた。


(腹は冷やすなって。一番笑えたよ)


 子供に言い聞かせでもするように、しつこいくらいに。

 「俺が一緒に行ければいいのに」なんて、本当にイソラは心配性だ。そこまでの義理なんてないのに。


(イソラ。弱音を吐いてごめん!)


 イソラの言葉を思い出せば、不安な心も徐々に落ち着いてくる。


「打倒フレイ! 怖くなんてないから!」


 奏はもう一度気合を入れ直した。





「フレイ! 見捨てないで!」


 奏は訓練場にフレイの姿を見つけると、逃がさないとばかりに足元にしがみつく。

 フレイは訓練を続けてくれるようだが、不機嫌な様子でさっさと帰ってしまったフレイことを思うと奏は朝から気が気ではなく、フレイの姿を目に移した瞬間、猛ダッシュからのタックルでフレイの足を掴んでいた。


 そわそわとしながら朝食を済ませて、訓練の時間までにどうしたら機嫌を直してもらえるだろうかと考え続けて今に至る。

 一層のこと、土下座でもしたほうがいいだろうか、と考えたが、世界が違うので通用しないと思い断念した。

 結局は何も考えられず時間が過ぎていき、本人を目の前にして、とうとう奏は限界に達してしまう。

 「おはよう」と爽やかに挨拶をするフレイの姿は、視界の曇っている奏の目には映っていないも同然で、乱心した奏はフレイの足にしがみつくという暴挙に出たのだった。


「悪いところは直すから! 嫌わないで!」

「ちょっ、なんだ! こら、離せ!」


 挨拶をしたというのに無視され、あまつさえ突進されて足にしがみつかれたフレイは、ギョッとして奏を引き離そうとする。

 訓練場にいる他の騎士の視線が突き刺さる。奏の拍車がかかった言動にざわつきはじめた。


「あいつ、*****様になにしやがった!」

「もう手を出したのか? これだからモテる奴は!」

「俺が替わりに教えたい!」

「リゼットちゃん、今日も可愛い!」

「縋りついているぜ。あいつ鬼畜か!」


 フレイは騎士達から次々と罵倒される。しかも時々関係ない発言が混ざっていた。


「おい! 落ち着け!」


 奏はフレイから離れまいと必死に食らいつく。騎士達のざわめきがいよいよ激しくなっていく。


「フレイが冷たい。昨日の夜もさっさと帰っちゃった……」


 奏がメソメソと泣くと、騎士達の怒気を含んだ声がフレイを直撃する。


「なんだと!」

「ありえん!」


 フレイはあまりの居た堪れなさにたじろいだが、誤解をされてはかなわないと声を張り上げる。


「お前を弄んだかのような言い方はよせ!」


 縋りついていた奏は強引に引きはがされた。我慢の限度にフレイの顔は盛大に引き攣っている。


「嫌!」

「嫌じゃない! いい加減黙らないと口を塞ぐぞ!!」

「キャー!!」


 それまで成り行きを見守っていたリゼットの突然の奇声に、奏とフレイは驚いて動きを止める。


「な、なんだ?」

「リゼット?」


 二人が目を丸くするとリゼットは「しまった」という顔で謝罪する。


「あ、すみません。妄想が先走りました」

「妄想?」


 フレイが怪訝な顔をする。


「フレイ様が口を塞ぐとおっしゃるので……」

「む、暗殺?」


 奏がとんちんかんな答えを出しているのを尻目に、フレイはリゼットが想像した何かに思い当たって溜息をつく。

 リゼットがニヤリとする。フレイは思わず空を仰ぎ見る。


「こんな子供に手を出すわけがないだろう……」

「子供じゃない」

「成人したばかりだろう。十分子供だ」


 奏はフレイに子供と言われてムッとする。

 確かに成人してさほど年数がたっているわけじゃない。二十四歳なんて成人する前に思っていたよりは、案外大人でもない。


「フレイ様は失礼ですね!」

「事実だろう。色気がない女は趣味じゃない」


 リゼットが憤慨したがフレイは気にもしない。さらに暴言と取れる言葉を吐く。

 奏は目を眇めると冷静な声で事実確認をする。


「リゼット。セイナディカの成人年齢は?」

「十八歳ですね」

「ほう。なるほど私は十八歳と思われていたわけ……」


 「若い」と言われて嬉しい年齢ではない。けれど、振り返ると子供っぽい言動をしていたことは否めない。とくにこの世界に来てからは……。


「訂正しとくけど、私は二十四歳だから!」

「冗談はやめておけ!」


 奏が自分の年齢を声も高らかに明かせば、フレイがすかさず否定する。


「ええ! 私より年上ですか!?」


 リゼットが奏の年齢に驚く。否定されるだろうと思っていた。しかし、冷静になっている奏はそれぐらいではへこたれない。


「リゼット。セイナディカの暦は? 一年は何日?」

「ああ、はい。一か月は三十日、十二か月で一年となります」

「じゃ、二十四歳で間違いないよ。それから、年齢より下に見えるのは民族的なものだから」


 奏は淡々と説明をする。年齢がどう見られていようと構わないが、誤解は解いておく。


「二十四歳って、同じ年齢かよ……」


 フレイが絶句した。


「あ、二十歳が成人年齢だから、多少は子供っぽく見られても仕方ないかな」

「いえ、カナデ様は十分大人ということは理解しました」

「そう? 良かった」


 子供と言われても、挙句に色気がないと言われても、怒るどころか冷静な説明したおかげで、リゼットは信じてくれたようだ。


「雑に扱って悪かった。大人の女性にする態度じゃなかったな」


 フレイがいきなり頭を下げる。奏は慌てふためく。


「え! いや、そんな頭を下げるとかやめてよ! 本当にいいから!」

「よくはないだろう」

「許す! 視線が痛いからもうこの話は終わりで!」


 フレイに跪かれそうになって、奏は挙動不審になる。

 騎士の本気の謝罪が怖い。たかだか年齢を間違えられただけだ。そこまでしなくても……。


「わかった。誤解も解けたようだしな」


 フレイは野次馬と化していた騎士達を横目で睨む。罵倒されたことを根に持っているのは明らかだ。

 騎士達はバツが悪そうに退散していく。


 ところが、騎士達はおとなしく退散したように見せかけて、奏の縋りつきからはじまり、最後はフレイが謝罪するという逆転劇を、面白おかしく騎士団中に電波さていったのだった。

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