第6話 結構なご趣味で
地震の被害はどの程度なのだろう。奏は気になってしまい、部屋に戻ってからも落ち着きなく、部屋を歩き回っていた。
「お茶でも入れましょうか?」
「ごめん。なんか落ち着かなくて……」
「仕方ありませんよ。私も気になりますから」
リゼットは浮かない顔をしながらも、てきぱきとお茶の用意をしている。
「何か手伝える事はある?」
奏は手持無沙汰で余計に落ち着けない。
「休める時に休むことが大事ですよ。被害が大きいなら手も足りなくなるでしょうから」
「そうだよね……」
奏は日本という地震が多い国に住んではいたが、奏自身は直接被害をうけたことはなく、ニュースで被災地の様子を聞いて他人ごとではないと常々感じていたのだ。
何か出来ることがないかと思わずにはいられない。
「ねえ、リゼット。この国は地震が多いの?」
「そうですね。最近は特に多いです。昔はそうでもなかったはずなのですが………」
「最近?」
「ここ数年のことです。それまでは、むしろ地震がないことが普通でした」
少なかった地震が多くなっていることを奏は不安に思う。リゼットも同じなのか疲れたような表情をしている。
「リゼットも休まないと……」
「カナデ様?」
「疲れているって顔をしているよ」
リゼットが疲れを誤魔化すようにうっすらと微笑みを浮かべたが、奏は誤魔化されまいとリゼットに強い視線を向ける。
「カナデ様は誤魔化されてくれませんね」
「そう! リゼットはしっかりしているけど、無茶はしそうなんだよね」
「無茶はカナデ様がするのでは?」
「や、確かに無茶はしたけど、もうしないように気を付けるよ」
リゼットの断定に、奏は朝からやらかしてしまったことを思い出して苦笑いする。
無茶をしようと思ってしたわけではないけれど、泣きそうな顔をしていたリゼットにこれ以上の心配をかけてはいけない。
「う! もしやリゼットを疲れさせたのは私か!」
「そんなことはないですから!」
リゼットは慌てて否定をするが、ほんの少し笑っているので否定しきれていない。
「リゼット! ここに座って!」
「え?」
「いいからほらここ!」
奏は自分の隣のソファを指さして、リゼットを手招く。
「疲れさせた責任はとるから!」
「どういうことでしょう?」
「はい! リラックス!」
奏は戸惑っているリゼットを無理やりソファに座らせると背後にまわる。肩に手を置くと猛然と揉みだす。
「カ、カナデ様!」
「うわ~。凝っているよ! 凄いよ!」
「あ、いたっ、あううっ」
「強すぎたかな。じゃ、ここは?」
「!」
「あ、痛い?」
「いえ、痛いですけど……」
「大丈夫みたいだね!」
凝り固まったところを揉みほぐしていくうちに、リゼットの緊張もほぐれていったようだ。
「カナデ様にこのようなことをさせるなど……」
「リゼットの肩は深刻な状態だから!」
お世話をする相手に世話をさせているという慣れない状況にリゼットは困惑していた。
しかし、嬉々として肩を揉みほぐしている奏は、リゼットの戸惑いなど全く気にしていない。
「そこまでひどくはないはずですが……」
「ええ! 自覚なし!?」
「凝ったと感じたことはあまりないですね」
「だからって放置!?」
リゼットは不思議そうな顔をする。肩こりなど特にたいしたことはないと思っているようだ。
「人に触られるのが好きではないので……」
「え!」
奏は驚いてリゼットの肩から慌てて手を放す。
「ご、ごごごめん!」
「いえ、カナデ様は平気ですよ。女性だからでしょうか。普段なら投げ飛ばしてしまうのですが……」
リゼットの拒否反応の激しさに奏は慄いた。投げ飛ばされなくて良かった。
「あ、そういえば、ゼクス様も平気ですね」
どんな状況でゼクスに触られたのか、奏はとても気になった。それに何気ない発言ではあったけれど、人に触られるのが苦手というのに、ゼクスだけ平気なんて聞き捨てならない。
「王様と付き合っているの!?」
「いえ、それはありえません」
(王様とリゼットってどういう関係?)
やけに親しいとは思っていた。特に言及しなかったが、よくよく考えればおかしい。
仮にもゼクスは王である。普通は一介の侍女と二人きりになる機会などないはずだ。
(まさか!?)
権力者にはよくありそうな話だ。ゼクスがリゼットに手をつけた。そんな考えが過ぎって、奏は愕然とする。
(いやいや、そんなこと王様はしないよね? 何かの間違いだよね……)
「愛はあるよね!?」
「なにを考えました?」
「王様が!」
「カナデ様。落ち着いてください。ゼクス様に危害を加えられたことはありませんよ」
奏が想像したようなことは全くないとリゼットは断言する。
リゼットの落ち着きぶりに奏は安堵する。妄想はほどほどにしておくに限る。
「ゼクス様とはイトコなので、それなりに親しくさせていただいております」
「イトコ! そんな人がどうして侍女!?」
リゼットの身分が高いという驚愕の事実に奏は絶句する。
リゼットに世話をさせるだけでなく迷惑までかけている。恐れ多いことだ。
「趣味ですよ」
「へ?」
「ですから、侍女は趣味です。ゼクス様にお願いして快諾させました」
「ええ!」
「野望のためには犠牲はやむを得ません」
堂々とのたまうリゼットに仰け反る奏。突っ込みどころが分からない。
「……今度、その野望とやらを詳しく教えて」
「ふふ、楽しみですね」
リゼットの心からの微笑みに、聞くのが恐くなる奏だった。
地震の被害状況が徐々に分かってきた。
騎士達と合流したフレイは城下を探索していたが、地震の規模に比べて被害が少ないことに安堵していた。
壁が崩れるなどの被害が少なからずあったが、人的被害は特になかったことは幸いだ。
(カナデは部屋でちゃんと大人しくしているんだろうな)
日も暮れはじめて、修繕は明日行うことで騎士達が解散すると、フレイは途端にカナデのことが気になりはじめた。
後ろ髪を引かれている様子でフレイを見送っていた。だから、どうしても部屋で大人しくしているイメージが持てない。
(……状況ぐらい教えてやるか)
正直疲れていたから明日でいいような気はしていたが、奏の事を考えると何となく落ち着かない。気にしているくらいならとフレイは奏の部屋を訪ねることに決める。
流石に女性の部屋と尋ねるのだからと、汗で湿った服を着替えていたせいで遅い時間になってしまった。
フレイは、訪問は短時間で済ませようと足早に奏の部屋へと向かっていた。部屋の前まできて人気のなさを不審に思う。
(護衛の一人もいないのか?)
奏は召喚された重要人物で護衛対象のはずだ。地震があったばかりで仕方がないとはいえ、不用心な奏の部屋にフレイは顔をしかめる。
「カナデ、いるか?」
「フレイ様? お待ちください」
扉越しに声をかけるとリゼットがすぐに答えた。奏はちゃんと部屋にいるようだ。
「フレイ! どうしたの?」
リゼットに続いて部屋の奥へ行くと、奏が出迎えてくれた。フレイの訪問の理由に思い当たらないようで不思議そうな顔をしている。
「被害状況を気にしていたみたいだから知らせに来たんだが、必要なかったか?」
「どうだったの!?」
「ああ、大した被害はなかった。多少は修繕が必要だが、それは明日行うから特に問題はないだろうな」
「本当! 良かった!」
ほっと安堵した奏の顔を見て、フレイは微笑んだ。わざわざ来た甲斐があった。
被害状況をわざわざフレイが教えに来てくれた。地震の規模は小さく、大きな被害がないようで奏は安堵する。
ところが、話し始めてすぐにフレイの笑みが炸裂して奏は戦く。フレイの微笑みは威力抜群だった。一瞬意識を持っていかれそうになった奏は我に返る。
「は!」
「突然どうした?」
奏は動揺する。赤面しているはずだ。フレイは黙ってさえいれば王子様といえるほどのイケメンなのだ。
「なんでもない」
奏はバッと眼を逸らす。イケメンの微笑みは直視すると大変なことになる。
「邪魔したな」
フレイは奏の動揺に気づくことなく、話は終わったと来たばかりなのに帰ろうとする。奏は慌ててフレイを引き留める。
「ま、待って」
「用はすんだ。もう遅いから帰る」
「お茶でも」
「いや、いい」
「フレイが! 意地悪を言わない!」
思わぬフレイの冷淡な態度に、奏は絶叫した。
「カナデが俺をどう思っているか分かっているつもりだったが、認識が甘かったというわけか」
フレイが脱力した。顔には疲れが滲んでいる。
「明日も訓練をするか?」
「フレイが大丈夫ならしたい」
「じゃ、明日な」
フレイは軽く手をふると、引き留めたそうな奏を無視して部屋を出て行ってしまう。
「明日が怖いー!!」
奏が恐怖の叫びをあげた。そんな奏の叫びは、欠伸を噛み殺しながら岐路についたフレイには全く聞こえていなかった。
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