第4話 迷惑になっても必要だから

 騒ぎも一段落して遅い朝食兼昼食を食べた後、奏たちは場所を移してゼクスの部屋へ集まっていた。


「迷惑をおかけしまして……」

「俺も配慮が足りなかった」

「カナデ様は悪くありませんよ。ただし、お怪我などされていたら私は泣きましたから」


 奏とゼクスは互いに非を認めて言葉をかけあったが、リゼットの言葉を聞いて固まる。

 奏は調子に乗ってしまった自分を心の中で罵倒した。


「さすがリゼット、カナデの弱点をいとも簡単に……」

「なにか言いましたか? ゼクス様?」

「いや、気のせいだ」


 奏はそんな二人の会話にさえ気づく様子もなく項垂れている。


「ゼクス様のせいで」

「全面的に俺が悪かった」


 すっかり元気がなくなってしまった奏。リゼットの怒りはゼクスに向かったが、ゼクスはこじれる前に全面降伏を決めた。

 気まずい雰囲気を払拭するようにゴホンと咳払いしてから、ゼクスは先程の騎士とのやり取りを思い出して奏に聞く。


「ところで、本当に騎士団へ入りたいのか?」

「騎士団に入りたいわけじゃなくて、騎士の訓練に混ざりたいだけだよ」


 「だから師匠になって欲しかったのに」と奏は未練がましく言い募る。


「スリーは強いが、指導者向きではないと思うぞ」

「でも、彼がいい」

「無理を言うな。しばらくは任務でそれどころではない」


 本人からも「任務があるから」と断られている。説得を試みて詰め寄ると少し困ったように、もう一人の騎士を勧められたけれど、奏は諦めきれずにいた。

 確かにもう一人の騎士も強いのかもしれない。実際にバルコニーから飛んでみせたその身体能力には驚いた。でも、どうしてなのか、別の騎士に師事しようと思えなかった。

 それで苦肉の策として、騎士団の訓練に混ぜてもらえないかと考えたのだ。


「訓練に混ざるのは、やっぱり邪魔なのかな」


 無理を言っているのは分かっている。奏はゼクスの顔色を窺った。ゼクスの許可がなければどうすることもできないからだ。


「まあ、カナデなら邪魔ということにはならないはずだが……」

「一度、見学されたらどうです?」


 歯切れの悪いゼクスにリゼットがそう提案する。


「ああ、それがいいか。騎士団長には話をつけておくから、見学してきたらどうだ?」

「王様は?」

「急ぎの案件があるようだ……」


 実は少し前から、もの言いたげにゼクスに視線を向ける人物がいた。無言のプレッシャーをゼクスも無視できないのだろう。苦笑しながら奏に同行できないことを詫びた。


「リゼットも一緒だから平気だよ」

「そうだな。だが、あまり無茶はするな」


 ゼクスが心配そうな顔をした。奏はヒラヒラと手をふり平気なことをアピールする。


「私がお止めしますから」

「「ははは……」」


 リゼットの宣言に、奏とゼクスは引き攣った笑いで答えた。





 奏は騎士団の訓練場に案内された。広い訓練場で鍛錬をしている数人の騎士たちの中から、一際目を引く騎士が奏たちに気付き近づいてくる。


「騎士団長のパトリス・ロッシュです。ゼクス様から聞いていますが、本当にあなたが訓練に参加されるのですか?」


 パトリスは思った以上に華奢な奏に不安そうな顔をする。奏が訓練に参加することに難色を示した。


「迷惑はかけます。たぶん……」

「正直な人ですね」


 体力にまったく自信のない奏は正直に告げた。


「なぜ訓練する必要が?」

「強くなる必要があるので……」


 「努力次第」と言うイソラは言葉を信じるなら、ただ何もせずに療養しているわけにはいかない。

 病気に負けないように身体を鍛えること。弱い身体を持つ奏の最重要課題だった。

 だから自己流で身体を鍛えることは考えていない。気持ち次第でいくらでも楽が出来たら駄目なのだ。無理を承知で逃げ道を塞いでおく必要がある。騎士団の訓練に参加する事は奏の決意表明だった。


「いきなり騎士団の訓練に参加させることは難しいですが、基礎訓練なら指導させましょう。全体訓練に参加させるかどうかはそれからの話です」

「ありがとうございます!」


 奏は喜びに顔を輝かせた。


「オーバーライトナー!」

「団長、なんでしょうか?」

「しばらくカナデ様の指導につけ」

「……了解」


 パトリスに呼ばれた金髪緑眼の背の高い騎士を見て、奏はどこかで会ったような気がして首を傾げる。


「フレイ・オーバーライトナー。朝は名乗る暇がなかった」


 朝に会ったばかりだというのに忘れられていたフレイは、不機嫌な様子で名乗った。


「あっ!」

「思い出したか」

「あの……今朝はごめんなさい。……足が痛かったりしないです?」

「鍛え方が違う」

「やせ我慢じゃ……」

「は! そんなわけあるか!」


 あきらかに不機嫌な様子のフレイに、奏は冷や汗をかく。これから世話になろうというのに、いきなり怒らせてしまった。


「……いつから始める?」

「え?」

「団長命令だ。それともなにか、俺では問題があるとでも?」

「問題なんて! お願いします! あ、今からでもいい?」


 完全に怒らせてしまったから、指導については諦めかけていた奏は、フレイの言葉に嬉々として答える。フレイの気が変わらない内にやる気をアピールしなければ。


「着替えてこい」

「このままでも大丈夫だよ」


 運動に適しているとは言い難いけれど、わざわざ着替えるほどの格好はしていない。そのまま外をうろつける部屋着なので、あまり支障を感じなかった。

ところがリゼットが猛然と反対する。


「カナデ様! 着替えてもらいますから!」

「どうしても?」


 面倒くさいと思った奏は渋った声を出す。

 しかし、リゼットは決定事項とばかりに、着替えの許可をフレイに求めた。


「フレイ様。少々お待ちいただけますか?」

「ああ」


 リゼットの勢いに押されて着替えに行くことになってしまった。「着替えない」とは言えない雰囲気で。


「カナデ様。その服は大切に保管しておきますから」

「うん。ごめん、リゼット」

「いいですよ」


 リゼットには敵わない。馴染んだ服を着ていたい気持ちをすっかり見抜かれている。


「女性用の騎士服がありますから、心配はいりませんよ」

「女性の騎士もいるの?」

「はい。人数は多くないですけど」

「いいね」


 病気の事がなければ騎士になってみたい。奏はそんな気持ちを振り払うように微笑む。


「あ、指導は女性騎士が良かったでしょうか?」

「ううん。大丈夫」


 女性の騎士に興味は魅かれるけれど指導というならどちらでも構わない。すでにフレイが指導してくれることに決まった後だ。

 それにどうせ指導されるなら厳しくして欲しい。その点、フレイは容赦がなさそうで期待が持てそうだった。


「待たせたら悪いから急ごう!」

「そうですね」





 奏が着替えに行っている間、簡単な準備を済ませて、後は特にすることもなく、フレイは今朝の出来事を思い出していた。


(召喚が行われたと噂が流れていたが、あれがそうか……)


 この世界には珍しい黒髪に黒瞳、まるで男装でもしているかのような服装をしていた。華奢な身体は子供のようで、バルコニーから飛んだと聞いた時、冗談にしか聞えなかった。あの身体でよく怪我もなくいられたものだ、と。


 フレイにとって今朝の出来事は本当に偶然であった。

 いつもは王の護衛をすることなどない。近くで言葉を交わしたのは騎士の叙任式の時ぐらいで、姿さえ滅多に見かけることがない。

 騎士として訓練漬けの日々を送る。それがフレイの日常であった。


 ところが今日は王の護衛を増員するという通達で、フレイは借りだされることになったのだ。それもたまたま朝から訓練をしていたから呼び出されたに過ぎない。

 訓練場で会った団長に言われるままに鎧まで装備して、物々しい雰囲気の中、王の執務室へ向かう。

 そこで王の不在を知り、また大騒ぎとなった。

 護衛対象の王がいない。護衛の増員も突然すぎて、フレイには状況が全くわからない。

 そんな時、聞いたのが女性の悲鳴だった。

 気がつけばフレイは全速力で駆けつけていた。


(なにが起こった?)


 そこには、行方が知れなくなっていた王がいて、慌てた様子でバルコニーへ走って行くところであった。


(まさか!)


 女性の悲鳴がここから聞こえたことは間違いない。フレイは自分の予想が当たったことをすぐに悟る。

 こんなところから落ちたらなら、女性はただでは済まないだろう。王の慌てぶりも分かる。

 しかし、王を慌てさせるような人物がいたと聞いたことがなく困惑した。


(一体、誰が落ちた?)


 フレイは様子を窺い、女性の無事を知る。


(なにを言っている!?)


 ところが聞こえてきた女性の言葉に絶句することとなる。

 一体どういうことだと混乱していると、フレイと同じように駆けつけた護衛の一人が王を制止した。


「ゼクス王、そのようなことは我々が……」


(おい! 我々って!)


「そうか? 飛べそうか?」

「問題ないでしょう」


 フレイの驚きをよそに会話が進んでいく。


(なぜ、俺を見る!?)


 王との会話の最中に視線を飛ばしてくる騎士。どう考えても「お前が飛べ」と言われていた。

 フレイはそのときになって、ようやく護衛の騎士がスリー・リーゼンフェルトであることに気づく。

 称号持ちの騎士であるスリー・リーゼンフェルトが、王の護衛と聞いたことがない。

 なぜ王の護衛としてここにいるのだろう。疑問は残るが、スリー・リーゼンフェルトが王の護衛につくのなら、フレイに拒否権はない。

 諦めの心境でフレイはスリーへ頷いてみせた。


「鎧は脱げ」

「了解……」


 言われるまでもなく邪魔な鎧は脱ぐ。戦闘中でないにも関わらず鎧を着せられたのだ、脱いでしまっても特に問題ないだろう。


(で、ここから飛べと?)


 バルコニーは想像以上に高かった。フレイは一瞬怯む。


(……問題ないって、あんたならそうだろうな!)


 フレイの対抗意識が沸き起こってくる。スリーが何を考えているかは分からないが、飛べというなら飛んでやろうと決意する。


「わ! すごい!」


 着地をした瞬間に称賛された。純粋に褒められて悪い気はしない。

 フレイは興奮ぎみな声の主に視線を向ける。


(……本当に珍しい色だな)


 同じ色が揃っている。どちらも珍しい色合いだ。朝日を浴びているのに透けるでもなく、漆黒なのだ。


(本当にここから飛んで無事だったのか……)


 フレイに続いて飛んでみせた王と楽しそうに会話をしている様子をみても、女性は怪我一つしていないことが分かる。

 華奢に見えるが実は鍛えているのだろうか、とフレイは女性を見つめたまま、ぼんやりと考えていた。

 その後、女性は驚きの発言をする。


「私は奏っていいます! 師匠になってください!」


(……は? スリー・リーゼンフェルトに師匠になれだって?)


 驚くのは何度目だろうか。フレイはもういちいち反応するのも疲れて、うっすらと笑いを浮かべたのだった。

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