第3話 もう行くしかないでしょ
印象的な女性だった。ゼクスが奏を最初に見たときの感想だ。
異世界人だからどこか違うということは頭では分かっていた。それでも実物を目にすると予想以上に惹きつけられた。
短い黒髪と黒い瞳。まるで少年のような外見。女性にしては長身で、細い肢体は女性らしさにかけていた。
ゼクスはすぐに女性であることに気づいたが、鈍い人間なら勘違いしそうである。
いきなりの召喚にもあまり動揺していなかった奏。泣き叫ばれるよりは良かったと思うべきだが、それにしてはあまりにも冷静すぎた。ただ、まったく驚いていないというわけではなさそうだったが。
会話をしている最中も強い意志を持つ瞳が冷静にゼクスを捉えていた。だが、それでいてゼクスが近寄ると不安そうに視線を揺らした。強引に迫れば怯えて拒絶を示した。
(嫌われたか?)
そうそうに対応を誤ったかも知れない。ゼクスは今後どう奏に接するべきか悩み、早々に緊急事態を引き起こす事態に陥っていた。
「くそ! 見つからない! どこ行った!」
「ゼクス様が無理に迫るからですよ」
焦るゼクスとは裏腹にリゼットは冷静に苦言を呈した。
「迫って悪いか!」
「か弱い女子に乱暴はいけません」
にべもなく言われるがゼクスは反論する。
「弱いわけがないだろう!」
「そんなバカなことがありますか!?」
リゼットがくわっと目を剥く。ゼクスはそれに答えることなく無言で走り続ける。
奏に撒かれたゼクスとリゼットは怒鳴りながら、それでも神経を尖らせて城内を疾走しているところだ。
城の構造はいたって単純で迷うような作りにはなっていない。それにもかかわらず、奏を見つけることがなかなかできず、二人は徐々に焦りの色を見せはじめる。
今のところ奏の召喚については、それほど多くの人間が知っているわけではない。
しかし、黒髪黒眼という珍しい容姿はどこにいても目立ってしまうだろう。問題が起こってしまう前に見つけなければならない。
「ところでゼクス様はカナデ様が好きなのですか?」
「何故だ?」
ゼクスは訝しんでリゼットを見る。奏を追いかけている最中に、いったい何を言い出すのか、と。
「その返事次第でどちらに味方するか決めようと思いまして」
「どちらかといえば好きだが……」
出会ったばかりだが好感は持てた。ゼクスが戸惑いながら答えると、リゼットがいい笑顔を見せる。
「解りました。カナデ様の味方をします!」
「は? もうやられたのか?」
リゼットの宣言にゼクスは驚く。リゼットが一日足らずで奏を気にいってしまった。非常に稀なことである。
「メロメロですよ!」
「リゼットをすでに味方につけるとは……」
「ゼクス様が残念な答えを返すからですよ」
「それはどういう意味だ」
二人の会話は続く。ただし、いまだに全力疾走中である。
ゼクスは自分の痛恨の失態に歯噛みしていた。早朝からこんな事態を引き起こすとは……。リゼットと軽口を叩いていないとやっていられない心境だった。
「つきあわせて悪いな」
「私は一人でも追いかけましたが。ゼクス様は取り敢えず、朝食を食べに行ったらいかがですか?」
「王が自ら追いかけるまでもない」とリゼットは遠回しに言っているようだ。
普通にしているようで、実はかなり怒っていることにゼクスは遅ればせながら気づく。
「謝罪ぐらいさせろ」
「カナデ様は優しいですから! 許しを得ても無理強いはダメですからね!」
「肝に銘じる」
強引に奏を抱き込もうとしたことは認めざるを得ない。切羽詰まった状態で、成功などないと高をくくっていた召喚に成功してしまったことで、どこか勘違いをしてしまったのだ。
奏がすべてをどうにかしてくれると。
「それにしてもこれほどまで見つからないとは……」
「そうですよね。隠れるところは多くないはずですが……」
二人は途方に暮れたように顔を見合わせる。城の外に出たとは考えにくいが、もしそうだとすると厄介だ、とゼクスが考えはじめたとき、
「ひゃ、あ、ああああああああー!!!」
どこからともなく悲鳴が聞こえてきた。
「!!!!」
「どこだ!?」
リゼットが耳をそばだてて、悲鳴が聞えてきた場所を特定する。
「カナデ様の部屋から聞えたようですね」
「戻ったのか!」
「見つからないはずですね」
「急ぐぞ!」
二人は急いで方向転換すると奏の部屋へと戻りはじめた。
奏は人生で今が一番幸せだと感じていた。走ることもできるし、二十四歳にもなって、思わずやってしまったスキップすら楽々こなしてしまい、有頂天であった。
気が付けば廊下を走り、時にはスキップを織り交ぜながら全力疾走。障害物などなく、走ってくれとばかりに続く長い廊下を全身全霊で攻略する。
もはやゼクスから逃げるために部屋を出たことなど、すっかり忘れていた。
早朝ということもあって人影もない。奏を止めるものは誰もいなかった。
だから全く注意などしていなかった。目の前にあるものが邪魔とさえ感じていた。
大きく踏み出した足は高く舞い上がり、そして──、
「ひゃ、あ、ああああああああー!!!」
空が近いと感じた時には、奏は勢いよく外へ飛び出し、落下していた。
ドスーン!
「……っい、痛たたた!」
落下した時はかなり焦ったが、無事に着地することができた。足が少し痛いくらいで、特に問題ないようだ。
「え! こんな高いところから落ちたの? え?」
自分の身体を確認して安堵した奏は、落下したであろう場所を仰ぎ見て、口をあんぐりと開ける。
信じられないことに三階はあろうかという高さのバルコニーから落下したのだった。
「骨折していてもおかしくないのに、な、なんで?」
いくら環境が身体に良かろうと、死にかけて間もない身体がこんな丈夫になるわけがない。有頂天で走り回っていた時のおかしなテンションから素に戻った今は、混乱するばかりだった。
もう一度、バルコニーを見て顔を引き攣らせていた奏。バルコニーからゼクスとリゼットが顔をのぞかせると、彼らから逃げていたことも忘れて安堵の表情を浮かべた。
「カナデ! 問題ないようだな!」
「カナデ様! お怪我はございませんか!」
二人に心配をさせてしまったことを激しく後悔しつつ、奏は「大丈夫だ」とアピールするように笑顔で手を振ったが、
(あれ?)
ゼクスの断言したような言い方に首を捻った。
「王様! この世界の人はこんな高さを平気で飛べるの?」
「は? 飛べるわけはないだろう。……いや、飛べないこともないか?」
奏の言葉に反論しかけたゼクスは自信なさげに答えを濁した。
「じゃあ、王様! 飛んでみて!」
「……ああ」
奏の勢いに押されるようにゼクスは返事をしたが、騒ぎを聞きつけてやってきた騎士達にやんわりと制止される。
「ゼクス王。そのようなことは我々が……」
「そうか? 飛べそうか?」
「問題ないでしょう」
ゼクスを制止した騎士の一人が、一緒にやってきた騎士に目配せする。どうやら彼が飛んでみせてくれるようだ。
「鎧は脱げ」
「了解……」
騎士達は軽く声を掛け合うと準備を始めた。
奏のいる場所からその様子は見えなかったけれど、固唾をのんでその時を待つ。
トーン!
「わ! すごい!」
あり得ない高さから飛んだというのに、軽い音をさせて奏の前に着地した騎士。足が痛くて泣きそうになった奏とは大違いだ。
「ゼクス王!?」
奏が騎士の凄さに感動していると、バルコニーにいるもう一人の騎士の慌てたような叫び声が聞こえた。
トン!
軽やかに王様が着地をしていた。
「騎士ならばこのくらいは問題ないということだな」
どこか自慢げにゼクスが言う。
「王様まで……」
騎士の制止を振り切って飛んでみせたゼクスに奏は唖然とする。この世界の人はどんな身体能力をしているのだろうか、と。
「じゃあ、騎士ってみんな強いの?」
実は騎士がいると知った時から奏はドキドキしていた。身体が弱いせいで自室に閉じこもりきりだったため、奏は沢山の物語を読みふけってきた。物語にでてくるいろんな登場人物の中でも特に騎士が大好きだった。本物を目の前にして興奮しないはずがない。
「強いな。ああ、そこに称号持ちがいたな」
「称号! どんな!?」
「********だったか?」
(肝心なときに翻訳されないって……)
奏は心の中で涙を流す。期待していただけに残念すぎる。
(あそこにいる人だよね)
奏は気持ちを切り替えてゼクスが示した騎士に視線を向ける。バルコニーから顔を覘かせている騎士は、先程から険しい顔をしてこちらの様子を注視している。
距離があるためはっきりと見えないけれど、称号がつくほど強そうな雰囲気はなかった。
明るめの茶色の髪とそれより少し濃い茶色の瞳で、顔立ちも厳ついというほどでもなく、どちらかと言えばさわやかな騎士だ。隣にいるゼクスの派手な外見と比べるとかなり印象が薄い。
その騎士は鋭い視線でゼクスの周囲を警戒していた。その落ち着いた態度に奏はとても好感が持てた。
「私は奏っていいます! 師匠になってください!」
奏は全開の笑顔で、その騎士に向かって叫んだ。
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