職業:魔法少女(黒)
@hase168
第1話:私
第1章
1.私
*
私の中には何も無いと思っていた。…いや実際、あの日までの私には何も無かった。夢も、好きなことも、感情も、……記憶も。だけどあの日あの子を、『魔法少女』をこの目で見た日から、私の人生は始まったのだ。
*
…あれ。
気が付くと私は空を飛んでいた。空はオレンジ色で、自分の手には何か杖のようなものが握られている。眼下にはいつもの町が広がっている。
わぁ、こんな風に俯瞰してみるのは初めてだ。町ではお祭りがやっていて、象やらパンダやらが行進してらっしゃる。
…あれ、何だろう。何かおかしい、気がする。ふと前方を見ると人の姿が。自分以外にも飛べる人がいるんだなあと思った。見覚えのある横顔で、町を見下ろしている。
…私だ。私、いや、ややこしいな。こっちの私とは違って髪を下ろしてはいるが、あれは私、だと思う。
私は私に声を掛けようとする。そんな所で何をしているの、と。しかしそれより前に、あっちの私は持っている杖を振り上げ、下ろした。すると杖から何か光線のようなものが放たれて、瞬く間に町が火に包まれていく。
わあ、と驚いていると、あっちの私がこちらを向いた。横顔では見えなかった側の瞳が、赤く輝いていた。それはまるで宝石のようで、私は魅了されてしまう。
そして、私はゆっくりと口を開いた。
*
「夢…」
気が付くと私は、いつものベッドの上で目を覚ましていた。
…何か不思議な夢を見た気がするが、何も思い出せなかった。
*
「望、必要な物はちゃんと持った?」
「うん、大丈夫だよ!」
「はぁ…それにしてもあんたがホントに魔法少女になっちゃうとはねえ…」
「もう~まだなったわけじゃないって!今日が最終試験!」
「そっか、そうだったわね。……。ねえ望」
「うん?」
「あなたは『もう迷惑をかけない、自分の力で生きていく。そしてお母さんや、他にもいろんな人を助ける』って言ってたわよね…。でも、無理はしないでいいからね?あなたを迷惑だなんて思ったことは無い。辛くなったら、怖いと思ったら、いつでも帰ってきなさい」
「…うん、ありがとう。…じゃあ行ってくるね、……お母さん」
約4年間、慣れ親しんだ家を出る。そして駅までの道のりを歩きながらこれまでの4年間のことを思い返していく。
私は4年前に目を覚ました時、そこに至るまでの記憶が一切無かった。自分がどうやって生きてきたのかも、自分自身が誰であるかも。
4年前、記憶をなくしてさまよっていた私を拾ってくれたのは、朝比奈さんという下宿屋をやっている女性だった。
当時私は似合わない堅苦しい制服を着ていたそうだ。自分の名前すら知らない、そんな私に朝比奈さんは「朝比奈望」という名前をくれた。家族として接してくれて、育ててくれた。
しかし私はそんな愛情に応える事は出来なかった。私は、どこから来たのかもわからない、何が好きかも分からないからっぽな自分に恐怖と虚しさを感じ、朝比奈さんにもどう接していいか分からなかったのだ。
そして朝比奈さんに拾われたしばらく経った頃に、「魔法少女アイリ」に出会ったのだ。『訪魔(ほうま)』に襲われそうだった私を助けてくれた、私に夢を与えてくれたのだ。ドレスのような可愛らしい衣装に身を包み、しかし訪魔を勇ましく倒す姿に憧れた。からっぽな私も、魔法少女になればこんな風になれるかな、と思うようになった。
そして「朝比奈さん」は「お母さん」となった。その少し後から中学校に通い始め、勉強して、一般常識を身につけて、つい先日、中学校を卒業したのだ。在学中に書類審査、1次試験、2次試験をパスし、残るは…。
「そしていよいよ…最終試験!」
1次試験、2次試験は案外難なく突破ができた、と思う。何故ならそんなに厳しくは無い学力テストと体力テストだからだ。学力に関しては魔法少女に憧れたあの日から猛勉強したし、体力には元々自信があったので問題なくパスできた。
…しかし問題は今から受けに行く最終試験なのである。試験内容は一切公開されていない上、一体何が行われるのか誰も知らないのだ。魔法少女の資質?みたいなのを見るのだろうか、しかし、それはどうやって?
試験内容に限らず、魔法少女には謎が多い。数年前からこの世界には、人類に害をなす『訪魔』が何の前触れもなく、どこからともなく現れるようになった。その姿は個体によってさまざまであるが、その名前の通り魔法を扱う怪物だ。その対抗組織として設置された『魔法局』。国家によって管理されたその組織に魔法少女は所属する形になるのだが、どうやって普通の人が魔法少女になるのか等の情報は公開されていない。公開されている情報は、魔法少女は訪魔に対抗できる唯一の手段であるということ。
「やっぱり妖精さんと契約したりするのかなあ…。魔法少女の動画とか配信では見たこと無いけどなあ、妖精さん」
試験内容が公開されない上、何をするのかも全く予想がつかないため、対策のしようがない。なので試験への道中である今も、開き直ってあれこれ考えながら、市街地を歩いていられるとも言える。ここまで来たらどんなことがあっても全力を尽くすだけだ。
こうして街を歩いていても、魔法少女の写真が載っている看板や、魔法少女とコラボする商店がそこかしかにある。魔法少女は、私を含め人々の憧れの的なのだ。
「ん…あの魔法少女、初めて見る」
青いマントを羽織る小柄な少女のポスター。その姿は不思議と目に留まった。
どんっ
「あ、す、すみません!」
よそ見をしていたら、人にぶつかってしまった。咄嗟に謝罪をするが、その人は無反応で歩き去っていく。まるでぶつかった事に気付かなかったというほどに。
……歩き去っていく後ろ姿に見覚えがある気がした。そしてそれと同時に、突然の頭痛に見舞われた。
「………つっっ。あ、いけない!ちょっと余裕持ちすぎたかも、急…」
腕時計を見て走り出そうとした次の瞬間。
ドゴオン、と雷が落ちたような音が耳に響いた。
私は音のした方へと振り返る。周りの通行人も同じようにそちらへと視線を向けている。そこにいたのは…。
「訪魔…!嘘でしょ…!?」
牛のような巨大な頭部に、人間の男性のような身体。しかし、そのあまりにも肥大した筋肉は普通の人間のそれでは無かった。右腕には斧を携えており、まさに神話に出てくるミノタウロスのような姿の訪魔だった。その凶暴な眼光がこちらをじろりと捉えた。
「ひっ…!」
それだけで私は動けなくなってしまう。周りの人達は悲鳴をあげながら我先にと逃げているというのに、私だけ身体が震えて動くことができない。このままじゃ…。訪魔が獲物を決めたとばかりにこちらへと迫ってくる。訪魔が歩を進めるたびに地響きが鳴る。私が動けないことを分かってか、訪魔はゆっくり、ゆっくりと私に迫り、ついに目の前で私を見下ろした。
私の倍以上ある体躯は、目の前ではさらに大きく見えた。訪魔の口がにやりと歪み、斧が振り上げられる。その光景がやけにスローモーションに見える。…嘘、これからって時に、こんなあっさり…?
ああ…、私…。……そっか、こんなに簡単に動けなくなる私なんて、からっぽの私なんかが、魔法少女になんて…。
「グオオオォォォ!!!」
「!?」
目の前の訪魔がおぞましいうめき声をあげる。それに驚愕し身体がビクリと跳ね、足が動き出す。未だ苦しむ訪魔から距離をとり、何が起きたのかと訪魔の方を見ると、その背中に蒼色に輝く矢が刺さっていた。
「あれは…」
「ちょっと、あんた」
「へ!?」
突然背後から話しかけられ、また身体が跳ねる。振り向くとそこには、弓を携えた小柄な少女が立っていた。青いマントを羽織り、青みがかった髪は、あの矢のような鮮やかな色だった。…さっきポスターで見た子だ…!
「怪我は無い?」
「あ…はい」
「そう、じゃあ少し離れてて。とどめをさすから」
「は…はい!」
言われた通りに訪魔からさらに距離を取る。走りながら訪魔の方を見ると、矢が刺さり苦しんでいた訪魔は無理やり矢を引き抜き、少女をまさに鬼の形相で睨んだ。
「グアオオオオ!!」
そして斧を大きく振り上げ、思い切り少女へと振り下ろした。
ドゴオオオ!!
「あっ…!」
ものすごい轟音が響き渡り、地面には大きな亀裂が入っている。…が、そこに少女の姿は無かった。私は少女を見失ったが、訪魔も同じのようで、辺りを見回している。
「あの子は…?…え?」
辺りが蒼い光に包まれる。その光の源を追って上を見上げると、少女がおよそその弓には合わない程の巨大な矢を訪魔に向けて構えていた。一瞬遅れて訪魔もそれに気づくが、時すでに遅し。その巨大な矢は訪魔に向けて放たれ、その身体を貫いた。訪魔は断末魔をあげながら、倒れ伏す。
「……」
「ふう…」
唖然としていた。圧倒的だった。私よりも小柄な少女が、私よりも倍以上大きい化け物を難なく倒す姿は衝撃的で、身体中に電流が流れたような感覚がした。4年前も感じたその感覚が、再び身体中に走っていく。
「…すごい」
「え?」
「すごいよぉ!」
「ひいっ!?」
思わず少女に駆け寄って手を握ってしまう。あまりに唐突で怯えさせてしまったのか少女は悲鳴をあげている。
「あ、ご、ごめんなさい…」
「…い、いや別に大丈夫だけど…。あんたすごく足速いのね…」
…無事ドン引きさせてしまったようだ。いきなり知らない人に手を握られたらこんな反応にもなるだろう。……?それにしてもこの人、どこかで見たことが…?ポスターで見たのはもちろんだが、それ以前から知っているような…。気のせいだろうか。
「あ、はい…一応魔法少女しぼぅ…」
向こうで大きな体が動くのが見えた。まさか、さっきの訪魔がまだ…!?そう思った矢先、訪魔が掌から魔力の弾を打ち出すのが見えた。この子は今訪魔に背を向けていて、気づいていない。そして私が手を握ってしまっているせいで、すぐには対応できない。
……ダメだ、私が!!すぐに少女の手を離し、訪魔と少女との間に立った。考えるより先に身体が動いていた。私なんかが盾になってもきっと私ごと貫かれて終わりなのに。
……いや!私のせいでこの子が死ぬなんて、私なんかを護ってくれたこの子が死んでしまうなんて!がむしゃらに両手でその魔力の弾を受け止めた。痛い。手の皮が捲れていくのがわかる。私の手が魔力の塊に吞み込まれていく映像が、ゆっくりと、スローモーションに見える。ダメ、とても人の身体なんかでは止まらない。
また、私のせいで、誰かが…。
…また?またって何だ。前にもこんなことが…?
…いや、今はそんなことはどうでもいい!ああ、私に魔法が使えたら、きっとこんなもの弾いてしまえるのに!誰か力を貸して!神様でもなんでもいい、私に魔法を使わせて!私にこの人を守らせて!!
「っっ!!」
気が付くと真っ暗で、どこまでも果てが見えない空間に立っていた。…いや、本当に立っているのかも分からない。ただ浮かんでいるだけなのかも。これはただの妄想で、走馬灯のようなものなのかもしれない。
大きなものに見られているような感覚。それと同時に、自分自身がその大きなものになったような感覚。
立っている自分を見ている。自分自身に見られている。そのどちらの感覚も、間違いじゃない。自分自身が空間に、世界に取り込まれていく。
ボンッ!!
「きゃあ!!」
魔力の弾が唐突に炸裂し、私と少女は後方へとはじき出された。尻もちをついた痛みに顔をしかめながら、前を見ると私達を襲った魔力の弾は消えていて、最後の悪あがきだったのか訪魔は今度こそ力尽きて倒れていた。
今のは…?まるで力と力がぶつかって、相殺して消えたような…。ふと手のひらを見ると皮が捲れたはずの手のひらは、傷一つなく、まっさらだった。
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