クリスマスツリー 5話

  

             

 「こんばんは」

 クマ屋に男の人が入ってきました。クマ屋はきさらさんが作ったクマのぬいぐるみのお店です。

「はい」

 奥からきさらさんが出てきました。

「こちらは、町のショッピングモールのクリスマスツリーをかざられたお店ですか?」

「はい、そうですが……」

 一ヶ月前、きさらさんは、ショッピングモールのクリスマスツリーをクマのぬいぐるみでいっぱいにしてきました。手のひら大の赤やグリーンやピンクのクマでクリスマスツリーをつくったのです。今年で、2回目ですが、出来上がると今年の仕事は終わったなぁと、ほっとします。

「ああ、よかった。お願いがあるのですが、あのクマのクリスマスツリーのように私の庭の木を飾って欲しいのです」

 男の人はいいました。

「はあ、でも、クリスマスまで後一週間ですよ。どれぐらいの大きさの木でしょうか?」

「ショッピングモールの木より少し小さいぐらいですが……」

「一週間で三百体ですか? 無理です」

 きさらさんは、はっきりいいました。

「いえ、七十体でいいんですが、無理ですか?」

「一週間で七十体、もう少し少なくしてもらえませんか?」

「いえ、それはできません。どうしても七十体必要なのです」

「どうしてですか?」

「実は……」

 男の人は、語り始めました。

 

 男の人は長谷川さんといいました。長谷川さんには、くるみちゃんという女の子がいました。長谷川さん一家は、奥さんとくるみちゃんと三人で、とてもなかよくくらしていました。

 けれど、秋になったある日、奥さんが亡くなってしまったのです。病気が分かったのはもうどうすることも出来ないぐらい悪くなってからでした。あっという間に奥さんはなくなってしまいました。

 はせがわさんとくるみちゃんはとても悲しみました。

 でも、いつまでも泣いているわけにはいきません。少しずつ二人は元気を取りもどしてきました。

 そんなときです。

 くるみちゃんは、庭をみつめてため息をつくようになりました。

 どうしたの、と長谷川さんが聞いても、くるみちゃんはなんでもないというばかりです。

 長谷川さんが、どうしたんだろうと考えていると、去年のクリスマスにショッピングモールに買い物に行ったことを思い出しました。

 その時、クマのクリスマスツリーの下で、クルミちゃんとお母さんが話していたのを思い出したのです。

「このクリスマスツリー、かわいいね」

 くるみちゃんがいいました。

「そうね。うん、来年は、庭の木をこんなふうに飾ってみようか?」

 おかあさんがにこにこ笑っくるみちゃんにききました。

「うん。クマさんでいっぱいにしようね」

「何びきのクマさんにする?」

「えーとね、えーとね、私、来年は、7才だから、七ひきのクマさんがいい」

「七匹だったら、このクマさんからこのクマさんまでよ。それでいい?」

「だめ。そんなちょっとじゃ、楽しくないよ。もっともっといっぱいがいい」

「そうね。じゃ、七歳なら七十匹のくまさんならどう?」

「七十だったら、どれぐらい」

「えっとね、ここから……」

 おかあさんは、一、二、三と数えていきました。その後をくるみちゃんも数を数えて、ついていきます。十以上は、おかあさんの口まねです。

「ここまでが七十よ」

「わぁ、いっぱい。七十がいい」

「よおーし、七十のくまさんを飾ろう。飾るときまでには、七十まで数えられるようになろうね」

「うん。数えられるようになるよ」

「約束ね」

「約束」

 二人は、楽しそうに指切りをしていました。


「娘は、妻との約束を思い出していたのです。小さい声で、七十まで数えていましたから、私にはわかったのです。でも、それをいうと、私を悲しませるかもしれないと、だまっているようでした」

「そうですか。それはなんとかしたいですね」

 そばでそのはなしを聞いていた、ねこのミューミューやぬいぐるみのクマ子さんやレオンも、なんとかしなきゃ光線をきさらさんに発しました。

 きさらさんは考えました。ショッピングモールに使ったクマが何体かのこっているはずだと。足らない分を作るのには何日ぐらいかかるかしら……。

「クリスマスイブの八時まで、窓を開けないようにしていただけますか?」

「はあ?」

「くるみちゃんをおどろかせたいのでしょう?」

「はい……」

「その間にわたしが飾り付けしたいと思います。それまでに、出来上がっているクマをお父さんにも飾っておいてほしいのですが、できますか?」

「はい。もちろん、私も手伝います。何時まで窓を開けなければいいですか?」

「八時ぐらいでどうでしょう?」

「はいわかりました。では、二十四日は、私の母にもいって、八時までは窓のカーテンを開かないようにしてもらいましょう。八時に窓を開いた娘は、七十ぴきのクマが庭の木にかざられているのを見ることができるんですよね」

「かならず、八時には飾り付ける事をお約束しますわ」

「よろしくお願いします。くるみはきっと妻が約束を守ったと思ってくれるでしょう」

 男の人は、そう言ってうれしそうに帰っていきました。


 その日から、きさらさんは残りのクマを必死で作りました。

 ミューミューも、布を運んだり、ひろげたりして手伝いました。

 クマ子さんは、ぬいぐるみに綿をいれるのを手伝っています。

「この手に針が持てたら、もっと手伝えるのに……」

 レオンも、出来たぬいぐるみを箱につめる手伝いをしています。クマがクマを運んでいるのは、とてもかわいらしいときさらさんはふきだしそうになって見ていました。その様子で、きさらさんは元気がもらえるようでした。

 とうとう二十四日の夕方になりました。

 きさらさんが、今縫っている一体でちょうど六十七体です。

「こんばんは」

 長谷川さんがお店にやってきました。

「いらっしゃいませ。ああ、長谷川さん。もうすこし待ってください。これで、六十七たいです」

「あと、三体ですか。もう時間がありませんよ」

「わかっています。ちょっと、まってください」

「後三体、できるんですか?」

「いや、ちょっとまってください」

 きさらさんにはちょっと待ってくださいとしかいいようがありませんでした。

「あの、箱に六十六体のクマが入っています。今作っているこれと、後三体は、かならず持っていきますから、出来ているクマを持って帰って、飾り付けをし始めてください」

「後で持ってきていただけるんですね」

「はい、かならず」

「では、私の住所をここに書いておきます。地図も書いておきますのでお願いしますよ」

「はい、必ず」

 長谷川さんは、出来上がったクマが入ったボール箱を車に積んで帰っていきました。

「ようやくできたわ」

 六十七体目のクマが出来上がりました。

「でも、後三体、もう無理ねぇ」

 きさらさんは、両手でほほをはさんで、ためいきをつきました。

「きさらさん、しかただないから、棚に並んでいるクマを持っていきましょう」

 ミューミューがいいました。

「ああ、そうね。ちょっと毛色はちがうけれど、これでがまんしてもらいましょうか」

 きさらさんは、大きさや色がよくにた三体を選んで箱の中にいれました。最後に大きな金の星もいれました。

「じゃ、あなたたちはお留守番ね。私はこれを届けてくるわ」

「ええ、私たちも行きますよ。クマのクリスマスツリーも見たいし、クルミちゃんていう女の子もみたいですよ」

 クマ子さんがいいました。

「そうですよ。こんなにお手伝いしたのに、ぼくたちをおいていくなんてひどいですよ」

 レオンもいいました。

「へへへ、ぼくたちを連れて行くしかないですね」

 ミューミューは、ドアを開けながらきさらさんを振り返り、胸を張っていいました。

「わかったわ。じゃ、車に乗って。急がなきゃ八時になっちゃうわ」

 きさらさんは、バンと車のドアをしめ、猛スピードで車をとばしました。

「あら、おかしいわね」

 地図を見ると長谷川さんの家の近くに来ているはずなのに、長谷川さんの家がなかなかみつかりません。もうそこまで、来ているのに一方通行の表示とか行き止まりとかで、なかなかたどりつけないのです。

「ああ、こまったわ。どうしましょう? もう、すぐ8時だわ。ああ、また行き止まり」 

きさらさんは、車をバックさせながら、時計を気にしていました。

「きさらさん、あの道。あの道に止めて歩きましょう」

 ミューミューがいいました。

「そうね、きっと歩いた方が早いわね」

 きさらさんは、クマの入った箱とクマ子さんとレオンをわきにかかえ、歩き出しました。 公園を横切ると、長谷川さんの家です。

 長谷川さんの家の庭にはいると、木にはもうすでに六十六体のクマが飾られています。「さあ、最後のクマを飾りましょう」

 きさらさんは、急いで箱からクマと星をとりだしました。

 一体目をとりつけていると、長谷川さんの窓のカーテンガサッと開きました。

「ええーっ」

 きさらさんは、姿を見られては大変と、窓のしたにかくれました。

「どうしよう。これじゃ、クマが三びきたりないわ。おかあさんとの約束がまもられないことになっちゃうわ」

 きさらさんは、つぶやきました。

「わぁー、クマさんだ」

 窓が開いて、くるみちゃんらしい声が聞こえます。

「おかあさんからのプレゼントだよ」

 長谷川さんの声もします。

「七十あるかなぁ」

「ああ、あるよ」

「私、数えて来る」

 窓の下で、きさらさんは「ひぇー、だめ」と小さい声で叫んでいました。

 くるみちゃんが出てくる前に、きさらさんは、家の横の方に回ってかくれました。

「どうか、数を数えまちがってくれますように」

 きさらさんは、小さく祈りました。

「わぁー、ほんとうにクマさんのツリーだ」

 くるみちゃんのかわいい声がします。

「一、二、三、……」

 くるみちゃんの声が続いています。

「六十七、六十八、六十九、七十。」

 きさらさんは、あれっと思いました。くるみちゃんの声は七十まで数えていたのです。

「ちゃんと、七十ある。おかあさんは、くるみとのやくそく、覚えてくれていたんだ。これ、プレゼントしてくれたのおかあさんよね。おかあさんが、これをくるみにプレゼントしてくれたんだよね」

 きさらさんは、数えまちがいでも、くるみちゃんがおかあさんからのプレゼントだと思ってくれたことが、本当によかったと思いました。

「おとうさん。あの木のてっぺんで星を持ちあげてるクマさん、ねこににてるね。ほら、あっちのクマさんは、髪の毛が長いし、こっちのクマさんは、めがねをかけてるよ」

「ははは、ほんとだ。このごろのクマさんは、おしゃれだね」

「おかあさん、ありがとう」

 くるみちゃんが夜空に向かってさけびました。

「ありがとう」

 おとうさんもさけんでいます。

「さぁ、もう寒いから家の中に入ろう」

 おとうさんがいいました。

「うん」

 長谷川さんと、くるみちゃんは手をつないで家の中に入っていきました。

 おおきく息を吐いてきさらさんは、木を見上げました。

「あっ」

 きさらさんは、おおきく目を見張りました。

「ミューミュー!」

 木のてっぺんで大の字になって星を持ち上げているのはミューミューです。

 クマ子さんもレオンも落ちないように木に必死でしがみついていました。

 きさらさんが、かくれているあいだにミューミューとクマ子さんとレオンが飾りのクマのかわりになってくれていたのです。

「それで、数がちゃんと七十だったのね」

 きさらさんは、くるみちゃんとの約束がちゃんと守れて、本当に良かったと思いました。

 きさらさんは小さい声で「ありがとう。たすかったわ」といって、ミューミューたちに手をふりました。

 

  了

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