第8話 ハイラウンダーとハイエインシェント
「間違いない、こやつじゃ」
私たちはミリカ村までやってきた。
村自体はとうの昔に廃村となったため、まともに使える施設はない。中ほどの広場に協会が仮設テントを立てており、そこで様々な作業が行えるようになっていた。
診療所の入院患者は、一時的に協会からの看護師たちに任せてあるので問題ないが、それでもエスト君までついてくるとは思わなかった。一番意外だったのは協会がそれにゴーサインを出したことだ。普通は一人残せというものじゃあないのか?
協会の意図が分からないまま、我々は一日弱をかけて件の村までやってきた。
「どうも例の土砂崩れで廃村になってから、流れの人外たちが勝手に住み着いているらしくて、ときどき協会の方で調査に来てるんですよ」
協会側から案内役として付いてきたザイノは、例の犯人と思われる人外を発見した当時の事を説明し始めた。
「最初は、ただの結晶化現象に遭遇した人間だと思ったんですけど、発見した場所と持ち物に不審な点がいくつかあったので調べてみたんです」
そう、結晶化の症状が出るのは人間だけだ。人外は結晶化を引き起こすことはない。 ……今までの常識だとそうだった。
だが、先日のバゼラ襲撃・治療の際に発見されたバクテリアの存在から、人外も結晶化が起こりうることも発覚した。もちろん最初の発見者は人間だと思って近づいたら、人外だったということでより際立って騒がれたのだという。
「この状況に一番理解があるのは先生だけ、と伺ってます。できうるバックアップはこちらでもしますので、何か手がかりを見つけてください」
なるほどな、エスト君の引率もその辺の無茶が通っての事か。あの時のバゼラの治療に直接関わったのは確かに私と彼女だけだと考えると…… あれ、あと数人いなかったか?
バックアップの方向性に一抹の不安を感じながら、バゼラと一緒にその人外を見る。
確かに、バゼラの屋敷で見た人外に間違いない。というか、人外かどうかなんて見ている暇がなかった。今はなんとなくわかる。人外の…… というか、人でない特徴がちらちらと見える。この少年人外の場合は、包帯で隠れていた頭の部分に、植物の芽のようなものがいくつも生えている。一種の角なのだろう。肌もところどころ緑色になっている箇所が見受けられる。系統としては植物の性質を強く持っているのではないかと思われる。
また、手には例の器具が取り付けられたままで、これが一目で襲撃者と分かる物的証拠となった。ありがたいことにバゼラの血液も検出され、後日犯人の持ちものであることが確定したわけだ。
「今、他の建物の調査も行っています。一応、無断で廃屋を使用している者がいた場合は一時的に協会が身柄を預かったりしていますが、それ以外ではあまり大きな収穫はないみたいですね」
ザイノは淡々と業務をこなすように伝えてくる。別にもう少し感情を込めてもいいと思うし、事務的案内は私の嫌いな対応でもある。……という話を以前カートス君としたことがあったな。ただ、それ以来彼の対応がかなり馴れ馴れしくなった気がする。私の方が三百年近く年上なはずなんだが。
「あの人外の持ち物からカルテも発見されてます。今回の事件とカルテ盗難事件を繋ぐポイントですね。とは言え、全部が全部持っていたわけではなくて、数枚だけが荷物入れに乱暴に突っ込まれていただけですけども」
無機質に渡されたくしゃくしゃのカルテを開いて見る。例の文字だ。意識して読んでいる今ならそれが何を示しているかはなんとなくわかる。
とある人外の集落で起こった、集団石化事件とその患者についての記述だ。
協会の発足の前後に、人外が住んでいた集落の住人すべてが石化する事件があったそうだ。当時はそんな能力を持つ人外が暴れたものだろうという乱暴な結論で幕を閉じたらしい。なにしろまだ協会としての記録が始まる前のことだ。人間の管理すらままならなかった時代に起こった事件など、当時の人間ですら覚えていないだろう。
盗難にあったカルテは、そんな集団石化事件の外側にいながらメドロドトキシンに体を蝕まれた人外の闘病記録を中心に集められていたようだ。なるほどこうして見てみると確かに繋がる。だが、それが人を、人外を襲うことに何故繋がるのか。
「血清を作るため、ではありませんか?」
「けっせい? なんじゃそれは」
「要するに、毒消し薬のことですよバゼラさん。我々協会でも、人間用の対メドロドトキシン血清を、現在躍起になって作ってます。彼は、その血清の精製をしようとしていたのではないでしょうか」
「馬鹿な。協会ほどの人員や設備があってもまだ完成していないものを、手あたり次第襲って奪った血液や未熟な腕で、どうやって作るというんだ」
採血の方法や結晶化の発病場所を考えると、彼の拠点はこの辺りで間違いはないだろうが、彼自身を回収していないところを見ると、もっと違う場所が拠点になっているか、 ――彼一人だけで事を成そうとしていたのか。
「あ、すみませんザイノ副長」
「どうした?」
外から帰ってきたザイノの部下が、彼に何か話している。恐らく何か見つかったのだろう。
「しかしあまりいい気はしないのう。見る前は張り手の一つでもと思うておったが、目の当たりにすると意外と何の感情も湧いて来ぬわ」
バゼラは落ち着かない様子で犯人を見ている。
実は、私も別の理由で少し落ち着かない。それは、ここが例の土砂崩れの現場であることもさることながら、土砂崩れの原因となったある自然現象の被害現場でもある。
そう、タント先生が亡くなった鉄砲水の流れ着いた先が、この村の近くを流れる川なのだ。私がかけている眼鏡の発見場所、と言い換えていい。
タント先生と私たちは以前この近くを流れる川の上流にあたる場所にほど近い集落に診療所を構えていたことがあった。ある嵐の日、近くの山の斜面が地滑りを起こしたのを集落の人が発見し、急いで避難を呼び掛けに回った。
集落の住人のほとんどが川の対岸へと非難を終えて、あと数人だけで終わるとなったとき、上流から大量の土砂を含んだ鉄砲水が橋を渡ろうとしていたタント先生たちを、橋ごと下流へと押し流してしまったのだ。
この辺の地理に詳しいわけではないが、その土砂がちょっとした山を作り、数年後にこのミリカ村を襲う土砂崩れの元になった、というわけだ。
「ヴァルマン先生、ちょっとややこしいことになってきたみたいですよ」
ザイノが話を終えて、こちらへと戻ってきた。
「何かあったんですか? 今でも十分ややこしいんですが」
「どうもこの廃村のあちこちに人外が住んでいた形跡があったようで、しかもその中から結晶化した人外も発見されています。症状が出て死亡してからある程度経過した者が多く、それらは埋葬ほどではないんですが、弔われている状態で置かれている、という報告でした」
「人外が、結晶化…… それもそこそこの数、確認されたということですね」
「こうは考えられませんか? そもそもメドロドトキシンは、この廃村から広まり始めた、と」
「ウイルスが他者を媒介して広まるならばその可能性もある。だが、バゼラから発見したのはバクテリアだ。メドロドトキシンを発生させる寄生虫細菌がいた、というのが大筋の見解になっている以上、この犯人が行った犯行のように何らかの接触がなければ広まるとは考えにくい」
「例えば、水を介して、とか」
ザイノは食い下がる。
「水…… 川の水を、と考えるとあり得ない話ではないでしょう。実は、近くの川周辺で、結晶化している動物が一部発見されています。上流では報告がないので、この周辺の土壌から湧いている水に、その細菌が含まれているのではないかと思うんです」
「そう言えば……」
「バゼラ? 何か知ってるのか」
「いや、かなり昔の記憶で似たようなことがあったな、というのを思い出しただけじゃ。直接的な関連はない…… と思う」
バゼラにしては歯切れの悪い返答だ。それほど昔の話なのだろうか。
「調査員には少し山の方へ捜査範囲を広げさせようと思うのですが、どうでしょう」
なるほど、土壌調査もしようということか。彼の話も筋が通ってはいる。結晶化した動物が発見されたのであれば、こちらの得た情報を上書きしていく必要もあるだろう。
「そう言うことなら、それもいいかもしれません。この周辺だけではもう情報は集まらないでしょうしね」
ザイノは私の返事を聞くと「では早速」と部下に指示を出しに行った。
* * *
調査の報告は、意外と早く実を結んだ。
いや、この発見はむしろ全く別の意味を持つ。だが、場所の一致は無意味ではないだろう。
「明らかに建造物です」
エスト君は、それをまじまじと見つめる。
「かつてあった古代文明の成れの果て、か」
一つの石をくり抜いて作られたようにも見えるが、それでいて一辺が整った形状をしている、なんとも奇妙な建造物。
その正面中央には人が入れる大きさの、正確に四辺が整った穴が開いており、奥からふわりと柔らかな明かりがついているのが分かる。
明かりに怪しさを感じた調査員の一人がその穴に入ってみると、下へと続く階段が延々と続いているとのことだ。
「……まさか、のう」
バゼラが独り言る。だが、それが何を意味するのかを聞けない空気も纏っている。彼女は、何か知っているのか?
「行きましょう、ヴァルマン先生」
ザイノは他の調査員と同じような装備をして、我々をここまで案内してきた。私たちは変わらずいつもの白衣だが。
「これ、我々も行っていい場所なんですか?」
「分からないからこそ、同行していただきたいんです」
私たちは、ザイノから簡易マスクを受け取るとそれを付ける。
「さ、行きましょ……」
と、先導しようとザイノが振り向くと、それを無視してバゼラが一足早く建造物へと飛び込んだ。
「あ、バゼラさん!」
「エスト君、先に行くんじゃあない!」
バゼラを追いかけるようにエスト君も入っていく。仕方ない、私も中へと入っていく。
* * *
建造物の中は、入ってすぐ下へと向かう螺旋階段が顔を覗かせた。
それ以外のものは何もなく、二人分の足音が階段の下から響いていたため、私も下へと駆け下りる。
しかし、先ほどから驚くことばかりだ。
この建造物の建材もそうだが、この階段の深さに驚きを隠せない。降りれども降りれども下が見えない状況は、螺旋階段という階段の構造から考えても不安に駆られる。それに加えて、足元が見える仕組みだ。外の明かりが届かない暗闇において足元が見える心配りはありがたいのだが、炎が照らしているようにも見えないし、仮に炎だったとしたらこれほど深い場所ではすぐに消えてしまいそうなものだ。いったいどういう技術の持ち主がこの建造物を作ったのだろうか。
外の様子が分からないのでどれだけの時間が経ったかは分からないが、それでも相当な時間をかけてようやく螺旋階段は終わりを告げた。
既に両名の姿はなく、遠い彼方から二人分の走る音が響いている。それが唯一の道しるべとなって、私たちは方向を定める。
ようやく追いついたと思ったら、私の倍くらいある扉の前で二人は立ち尽くしていた。
「ここは……」
私は初めて見るはずの扉に、不思議な既視感を覚えていた。
「まさか、まだシステムが生きておったとは」
バゼラは、やはり見覚えのある動作で扉に働きかける。エスト君はその行動を黙って見つめている。いや、彼女だけではない。追い付いてきた協会の面々も、私やエスト君のように行く末を見守っている。
一通りの動作が終わったバゼラは、ゆっくりと扉の中央に進んだ。
そして、どこからともなく抑揚のない声が響いた。
「おかえりなさいませ、
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